今回紹介するのは第十八回「刘元普双生贵子」。邦題は「刘元普が贵子を二人生む」。もとは「初刻拍案惊奇」の二十巻にあたる。今古奇観はこのカテゴリ最初の記事でも述べたように「三言二拍」(喻世明言、警世通言、醒世恒言、初刻拍案惊奇、二刻拍案惊奇)と呼ばれる説話集の中から四十編を選りすぐったものだが、その比重は割と三言に傾いていて、二拍の作品はそこまで多くない。

ものがたり
宋の真宗皇帝の頃、洛陽に劉元普という男がいた。六十で州の長官の位を退き、故郷に戻ってからも善行を続けている立派な人物である。困った人がいると、財産をなげうって助けていた。彼には四十歳になる後添えの妻、王夫人がいたものの、跡継ぎは生まれていないのが悩みの種だった。王夫人は自分も若くないので、しきりに夫へ妾を持つよう勧める。しかし夫は、嫁がされる女が不幸になるからと承知しない。ある時ふらりとやってきた道士に、もう残りの寿命が短いと宣言されたことも原因だった。そこで王夫人は密かに周旋屋の老婆を使って、いい娘を探させた。その頃、開封の役人である李克譲は赴任まもなく病気にかかり、息子の春朗と妻の張氏を残して死んでしまう。彼は洛陽に劉という親戚がいるから、そこで面倒を見て貰うようにと言い残す。貧しい道中を乗り越えて、張氏と春朗はどうにか劉元普のもとへたどり着く。さて、劉元普は二人を見ても親戚付き合いをしていた覚えがない。李克譲が書いたという手紙を見てみれば、白紙である。実は李克譲は、劉元普が義に厚い人であることを頼みに、妻子が会う口実として親戚を偽っていたのだった。劉元普もそれを察し、二人と自分のもとへおいて面倒を見る。
また一方、開封に裴安卿という勅使がいたが、ある時牢番に情けをかけたため、彼らは仕事を怠け、ついに囚人の脱獄を許してしまう。罪を問われた安卿は獄に繋がれ、体が弱って亡くなる。彼には蘭孫という娘がいたが、彼女は貧乏だったので、自分の身を売って父の埋葬をする費用を工面しようとする。そこへ劉家の王夫人から遣わされた周旋屋の老婆が通りかかり、彼女を劉家へ連れて帰る。王夫人は蘭孫の器量よしを喜んで、彼女を夫に嫁がせようとする。劉元普は蘭孫に会って彼女の詳しい事情を聞くと、一計を案じた。婚礼の当日、輿に乗っていたのは李家の子息である春朗だった。蘭孫と春朗の二人は、劉元普の取り計らいに喜ぶ。その日、劉元普の枕元に亡くなった李克譲と裴安卿の幽霊が現れ、劉元普に二人の子供と、三十年の寿命を延ばすことを告げる。
やがて、王夫人が子供を産んだ。男の子だった。またとある事件がきっかけで、女中の朝雲と一晩寝た劉元普は、またしても子供を一人得る。
その後、李家と裴家の子孫は科挙に及第して劉元普に恩を返す。李家の上奏によって、朝廷の仁宗皇帝も劉元普の名を耳に入るほどになった。劉元普は百歳で往生し、子供もめいめい高官となって代々栄えたのだった。


本作は入話が三つ(うち一つは詩、二つは物語)もある。くどすぎる気がしなくもない。
ようやく始まった本編も、かなり入り組んだ話になっており、なかなかボリューム溢れた作品である。しかしながら劉、李、裴の三家が入り組むうちに物語もまとまりを欠いてしまったように思う。
訓示的なテーマも含まれてはいるのだが、劉元普は殆ど財力で全てを解決している人間であり、ちょっと貧しい民間の人々には受けが悪いのではないかと思う。李家と裴家の主の死も、ドラマチックさが足りないというか、展開上殺しましたという雰囲気が強い。子孫にしても、自力で努力して出世した李春朗はともかく、蘭孫は非常に棚からぼた餅臭いハッピーエンドなので、これも余りいただけない。
もちろん、悪いところばかりかといえばそんなことはない。劉元普の底抜けた善人ぶりには癒されるし、彼の妻である王夫人のリアリストな考え方も面白い。
また物語紹介では少ししか触れなかったが、劉家の女中である朝雲と劉元普が子供を作るきっかけになったエピソードもなかなか笑える。
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『紅楼夢』物語のあらすじ
さる貴族の末裔である賈家を舞台に、不思議な玉を口に含んで生まれた賈宝玉と、彼をとりまく十二人のヒロイン「金陵十二釵」を中心に、一族の主から使用人まであらゆる人々の悲恋を描いた古典小説。様々なジャンルを内包しているのが特徴。物語の背景には幻想的な設定が盛り込まれファンタジー小説の一面もあり、当時の封建時代の精神を批判しているので社会小説的な一面もあり、大家庭の人々の確執が上から下に至るまで細かく描かれているので家庭小説としても読める、そして何より恋愛小説として、主人公の賈宝玉とヒロイン林黛玉の叶わぬ恋が多くの読者を虜にしてきた。
ここでは余計な展開を極力省き、わかりやすい感じで物語を解説していく。


第一回 始まりはいつも不幸から

・むかしむかし、女媧という神サマが世界の綻びを治した。

・その時に沢山の石を使ったんだけど、一個余っちゃった。イラネ。ぽいっとな。

・石「解せぬ」

・そんな石のもとへ坊主と道士がやってきて「現世ってのはよぉ~」と、下界のことについてでかい声で語っている。暇な石がこれを聞き逃すはずはない。

・石「下界へ連れてってくれ、頼む」坊主&道士「おk」

・甄士隠「という夢を見たんだ」。

・士隠君のお隣さん、ビンボー書生の賈雨村君が受験を受けたがっているが、金が無いので貸してやる。士隠「俺いい奴♪」

・が、その後士隠は大転落。娘の英蓮を誘拐され、家は火事で焼け落ち、避難のために身を寄せた実家では岳父に苛められる。

・士隠「こんな人生やだー。出家だー」

次回に続く

小言
ホンマにこんな感じです紅楼夢の第一回。話が余りにも前座過ぎて、初読の方は何が何だかわからないであろうこと間違いなし。でも後になると主人公達がどのような遍歴で下界に降りたのかが第一回の僧と道士のやり取りでわかるようになっている。
上では省いたが、物語を読むうえでの注意書きが作者自身の口から述べられているのもポイント。限りなく要約すると「この作品はどーしようもなく暇な時軽く読むためのものだから、内容はあんまし本気にするなよ、な?」という感じ。実際は作者の情念がこれでもかと盛り込まれ、当時の社会風俗に反する主張も多々見受けられる。こんな注意書きを書くのも、真面目な文人達が「この小説はけしからん!」と怒ったりしないように予防線をはったということだろう。何しろこの紅楼夢、当時の封建社会ではご法度の自由恋愛や女性賛美を訴えている。ほかにも文人の常識だった科挙試験や四書五経などに対して痛烈な批判を浴びせている。もちろん、そうした主張はうまくカモフラージュされているのだが、そこそこ見識のある読者ならすぐに作者の意図は理解できたはず。ちなみに、後代には紅楼夢の物語をけしからんと思ってコンセプトが真逆の小説を書いちゃった作家もいる(「児女英雄伝」の文康など)。
で、当時の習俗に散々逆らったこの小説が人々に受け入れられなかったのかといえば、そんなことはまったく無かった。熱狂的なファンを次々に獲得し、これを批判している文人達ですら虜になっていたほど。中にはヒロインの林黛玉が病弱でしょっちゅう胸を患っているのを読んで、本当に病気になってしまった娘さんとか、「仙境で黛玉たんに会うんだよおお」と失踪してしまった若者もいたそうな。かくいう私も紅楼夢中毒だ。わはは。
またこの小説は、女媧に捨てられた石が道士と坊主によって下界に降り立ち、賈家の隆盛を見届ける、つまり石視点で語られる物語となっているため「石頭記」とも呼ばれる(他にも金陵十二釵やら情僧録やら色んな呼び方がある)。物語中、石がストーリーテラーとして顔を出すこともしばしば。石は本編の主人公・賈宝玉の口の中に含まれて現世に降り立ち、通霊宝玉と呼ばれて大事に扱われる。まあこのあたりは後に詳しく、ということで。