第五十二回 お前は最後に追い出すと約束したな……あれは嘘だ


・宝玉は晴雯の具合が気になって戻ってくる。部屋には晴雯一人きりで誰もいない。聞けば秋紋は食事中、麝月は平児に呼ばれて部屋の外で話しているという。さて何の話やら、宝玉はそっと表へ出て盗み聞き。
麝月「あなたの腕輪が戻ってきたんですって?」
平児「若奥様がこっそり探してくれたの。最初は貧乏な邢お嬢様のところの女中の仕業だと思っていたのだけど、まさかあなたのお部屋の人だったなんてね。宋婆やさんが、侍女見習いの堕児が盗んだって報告してくれたのよ。とにかく、宝玉様には内緒ね。奥方様やご隠居様にもよ。襲人ちゃんが戻ってきたらまた相談しましょう」
憤慨する麝月。平児は、晴雯も気性が荒い人だから彼女には口外しないように言い残し、去って行った。

・宝玉は平児の思いやりに喜ぶ一方、堕児の行いに悲しむ。部屋に戻った宝玉、今聞いたことを包み隠さず晴雯に話す(ちょっ……)。晴雯は怒り心頭、宝玉はそれを必死になだめた。
翌日も具合の良くならない晴雯、宝玉は頭痛に効くだろうと嗅ぎ煙草を晴雯に使わせ、さらに麝月に言って外来の薬を持ってこさせる。宝玉はその後、黛玉の部屋に集まっている姉妹達と語らって時間をつぶした。宝琴の語る外国人の女の子の話に一同は興味津々。

・翌日、王子騰の誕生祝で宝玉は外出することに。史太君のところへ挨拶にうかがうと、外では雪が降りそうなので「雀金呢」なる高級な上着を貰う。宝玉はそばにいた鴛鴦に声をかけたが、賈赦の妾騒動以来男絶ちしている鴛鴦は彼をすげなくスルーするのだった。

・一方、部屋に残った晴雯は具合が良くならないので周囲に当たり散らしている。侍女見習いを呼びつけると、その中に堕児の姿が。ここで会ったが百年目とばかり、晴雯は怒鳴りつけた。
「このクソアマァ! お給料もらう時は一番に走ってくるくせに、仕事で呼びつけるといつものろいわね! さあ、もっとあたしの前に来なさいよ!」
言われるまま進み出た堕児の手を掴んだ晴雯、いきなりかんざしでその手を滅多刺しにする。
「あんたみたいに癖の悪い、恥知らずの手は、こうしてやるんだよ!」
泣きわめく堕児。麝月が慌てて二人を引き離す。しかし晴雯はおさまらず、表の老女を呼びつけた。
「若様が言ってたんだけど、この堕児は仕事はサボるし悪口も言う輩だから追い出すことにしたんですって! 明日、じきじきに報告しますから!」
「そうは言いましても、花姐さん(襲人のことね)が戻られてからで良いのでは…」
「若様が言ったのよっ! 花だか草だかなんて人を待つ必要はないわ!」
麝月も、どうせいずれ追い出すのだからと、晴雯の言葉を否定しない。老女は堕児に荷物をまとめさせるが、そこへ待ったをかけにやってきたのが堕児の母親。
「御女中さん方、この子に至らぬところがあればあなた達が指導してくれればいいじゃありませんか。それを私達の顔も立てずに追い出すなんて」
「文句があるなら宝玉様が戻ってから言えば!」
「あらまあ、宝玉様は何でもあなた方のいうことをお聞きになるでしょ。だからあなた方がとりなしてくれればいいじゃありませんか。大体わたくしどもでは、若様の名前を呼ぶことすらできませんもの」
*基本的に原文だと宝玉の呼び名は「二爺(若様)」。中国では身分の高い人間の名前を呼ぶことは忌避される傾向が強い。
さりげないばあやの皮肉に、晴雯もカチンときた。
「あーそうですかっ、あたしは確かに宝玉様って呼びましたよ。だったらご隠居様にでも言いつけに行けばいいでしょっ。あたしが礼儀知らずだってさ!」
麝月が横から口を入れる。
「ばあやさん、あなたがあたし達に礼儀作法の指導をするなんて、それこそ恥知らずというものです。確かに晴雯さんは若様のお名前を口にしましたけれど、これは小さい時からご隠居様の言いつけでやってることなんです。まさかそんなことも知らないはずがないでしょう。まあ、とにかく娘さんをここから連れ出してから、林之孝のおかみさんにでも言いたいことを言って下さい。それで若様に話をつければいいんです」
言いくるめられて、堕児とその母はすごすご園を出ていくのだった。

・晴雯の具合がようやく治りかけたところへ帰ってきた宝玉。なんと史太君から借りた「雀金呢」に焼け焦げを作ってしまっていた。急ぎ老女に渡して繕わせようとするが、何分珍しい品なので誰も仕事を引き受けたがらない。一晩で直せなければ王夫人や史太君に知られてしまう。
刺繍がうまい晴雯は、上着の材質を見てこれなら何とか直せそうだと請け負う。宝玉は彼女の具合が悪いのを気にして止めるが、晴雯以外に繕える者は誰もいない。一晩かけてどうにか仕上げた晴雯だったが、精根尽き果てて気を失ってしまうのだった。

次回を待て

小言
襲人がいないまま、お部屋の混乱が続く。今回は鹿肉パーティーの時に起きた、平児の腕輪窃盗事件が話の中心に。初読だとスルーしてしまいがちなところではあるが。
お屋敷内で主人格の次に権力を持っているのは部屋付きの侍女であり、さらに侍女見習い、表の間で務める女房や老女と序列が続く。以前金釧児が亡くなった後、女房達がこぞって王煕鳳に賄賂を贈り、自分の娘を王夫人の侍女にしたがったのも、そうした事情によるところが大きい。老練であくどい女房達と、純粋だが未熟な侍女達。今回から六十回にかけて、女房・老女と侍女の家庭内権力闘争が話の中心となっていく。
ちなみに今回は外国のアイテムが目白押し。明末以降、外国人が中国へ出入りする機会も多くなり、外来の品物も流入するようになった。賈家ほどの富豪ならそうした品物を持っていてもなんら不思議なことではない。
ちなみに上では省いてしまったが、宝琴の口から語られる外国人の女の子は「真真国」という地の出身らしい。が、これは架空の国とのこと。

今回の要チェキアイテム
蝦鬚鐲…平児の腕輪。なんか凄い名前だが、別段大した代物ではないらしい。もとは王煕鳳の持っていた品。
汪恰…西洋の嗅ぎ煙草。箱の蓋には羽の生えた天使の絵が描かれている。しかしこの頃の中国人が西洋の天使なぞ知ってるわけもなく、金髪裸体の女の子の絵を晴雯は食い入るように見つめている。また日本だと馴染みが無いが、外国だと嗅ぎ煙草は鼻詰まり改善に効果があると信じられていた。
雀金呢(回によっては雀金裘とも)…史太君が宝玉に与えた羽織。ロシアの孔雀の毛で作ったもの。

気になる人物達
晴雯…今回の主役。機嫌が悪いばかりに、小姑みたいな暴走を見せる。刺繍がうまいことが判明した。ちゃんと養生していなかったことが、後の回で仇となるのだが…。
麝月…しっかり者のキャラがすっかり確率。でも地味。
堕児…第二十六回で賈芸と紅玉の仲立ちをした侍女見習い。悪事が唐突にバレ、即追い出し。なんで腕輪を盗んだのか動機は語られていない。しかし晴雯の語りから察するに、日頃真面目に仕事をしてなかった模様。
薛宝琴…姉妹たちに外国の女の子のお話をする。ホントの話なのかねえ。
林黛玉…宝琴を毒舌でからかう。が、以前に比べたら大分丸くなったのでは。
鴛鴦…男絶ち中につき、宝玉をスルー。
平児…盗まれたものが帰ってきたと思ったら、あわや大事に。細心な性格なので、周囲への気配りを忘れない。姉さんいいね!
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