今回のお話は「乔太守乱点鸳鸯谱」。醒世恒言の第八巻。
太守というのは知事の別名。鴛鴦譜というのは夫婦のたとえ。つまり日本語の意味としては夫婦争いをまとめるといったところ。

ものがたり
宋代の杭州。劉という医者には二人の子供がいた。兄は劉璞といい、孫という寡婦の娘と縁組み済み。妹は慧娘といい、こちらも裴九老の息子と縁組みが出来ていた。
 婚礼が間近になってきたある日、劉璞は重い病気になってしまう。結婚して程なく死んでしまうようなことがあれば孫家の娘には気の毒だが、かといって事情を打ち明ければ破談にされる恐れがある。破談になったら面子も丸つぶれ。劉公と夫人は曖昧にごまかそうとしたが、孫寡婦は人づてに婿の病気を知ってしまう。劉家は軽い病気だと必死に説得するが、孫寡婦はまだ半信半疑。嫁がせた娘が自分と同じ寡婦になるのは耐えられない、そこで一つの案を思いつく。孫寡婦には娘の他に玉郎という男の子がいた。ひとまず彼を娘に仕立てて劉家に送り、婿の病気が本当に良くなっているか調べるのだ。もし劉璞が健康だったら、改めて娘の珠姨を送ればいい。孫寡婦は玉郎に三日が経ったら里帰りをするよう言いつけ、花嫁姿にさせた息子を劉家へ送る。
 劉家の方は息子が死にかけなので大慌て。息子の代わりに娘の慧娘を式に出す。式の中、玉郎と慧娘は互いの美貌に内心惚れ込んでしまうのだった。
 玉郎が男だということにはまるで気がつかない劉家の一同。劉夫人は息子の具合が良くないので、仕方なく玉郎を慧娘と同じ部屋で休ませる。若い玉郎君にはとても我慢の出来る局面ではない。女の振りをして慧娘をからかった挙げ句、夫婦ごっこをしましょうなどと言って着物を脱がせにかかる。肌が触れ合ううち、相手が男だと気がつく慧娘。しかし内心憎からず思っていた相手だったので、二人は貪るようにお互いを求め合った。
 三日が経ち、玉郎と慧娘はびくびくしながらも仲良く時を過ごしていた。折しも、劉璞の病気が急激に回復。玉郎は自分の役目を思い出し、慧娘と別れようと考えたが、なかなか決心はつかない。やがて、劉夫人も玉郎と慧娘の仲が異常なのを見咎める。そんなある日、とうとう日中に抱き合っていたところを見られてしまった。慧娘は思いきって真相を母親に打ち明ける。怒り狂う劉夫人。玉郎は実家へ逃げ延び、母親にかくまってもらう。劉夫人と劉公は今回の一件で大喧嘩。
 騒ぎを聞きつけた隣人の李という男は、劉家の女中から事情を聞き、この騒ぎに乗じて劉家の評判を落としてやろうと考えた。すぐさま劉慧娘と縁談の約束がある裴家へ行き、もろもろを話す。裴九公は怒り心頭、劉公の家へ踏み込んでガミガミと恨み言をぶちまける。
 劉公も我慢がならず、孫寡婦のたくらみが元凶とばかり役所へ行って訴えを出した。役所の喬太守はそれぞれの家の言い分を聞き、こうまとめた。
 劉璞と珠姨はもともとの約束通り夫婦に。
 玉郎は慧娘と夫婦に。
 玉郎も徐雅という縁組みの相手がいたので、その娘を裴家の息子と夫婦に。
 三組の縁談はめでたくまとまり、一門一族は反映したのだった。


 前回に引き続き結婚詐欺のお話。やむを得ない事情があるなら結婚なんか先延ばしにしたり縁談を取りやめにすればいいじゃないか、というのは現代日本人の感覚。中国人はもともと面子を何より重んじる人々であり、儒教思想の強かった中世では尚更のことだろう。
 それでも、今回の混乱ぶりには目を覆いたくなるものがある。騒ぎが大きくなった原因は、登場人物達が主役から脇役に至るまで、ひたすら自分のことしか考えず好き放題に振る舞っている点が大きい。このあたり、個人主義的な中国人の感性が存分に発揮されているのでは。
 そんなわけで、中国人がどういう人々かを知るにはもってこいのお話だったりする。
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