第五十五回 賈探春政権樹立


・正月も終わりかけた矢先、王熙鳳が流産してしまう。気丈な彼女はそれでも無理して働き、ますます体調が悪化。何日も動けない煕鳳に代わって、家政を指揮することになったのは李紈だった。しかし彼女だけでは勤まりそうにないので、賈家の三女探春、そして薛宝釵も加わる。

・女房達は鬼女の王煕鳳が消えてひそかに喜ぶ。李紈は仏様みたいな優しい人だし、探春にいたっては世間知らずの穏やかなお嬢様だ。これで仕事もサボりまくりだぜ!…と思ったら、探春は生来しっかり者だけにやることが手厳しく、しかも目端のきくことといったら王煕鳳に勝るとも劣らない。そんな探春の方針に李紈と宝釵も力を貸したので、煕鳳の時より仕事が大変になったのだった。
女房A「夜叉が消えたかと思ったら…三人の鎮山様が現れちまったよ。なんてこったい」

・そんなある日、賈政の妾である趙氏の弟が亡くなったとの知らせ。女房の一人が、葬儀のお金をいくらお渡しになりますか、と李紈らにうかがう。
李紈「前に襲人の母が亡くなった時は四十両だから、今度もそれでいいでしょう」
探春「ちょっと待って。おばあ様のお部屋の妾は、外から来た者と家の者で金額が分けられていた気がするわ。女房さん、ちょっとそこのあたりを詳しく聞かせてよ」
女房は笑顔を浮かべてテキトーに答える。「そんないちいち考えたりはしません。いくら渡そうと誰も文句は申しませんよ」
探春「金額のことは別にいいのよ。でも、先例もわきまえずにホイホイお金を出したら、皆になめられるし、何より煕鳳奥様に会わせる顔がないじゃない」
女房「(めんどくせーなーと思いつつ)そういうことなら、昔の帳面を調べてきましょう」
探春「あら、あんたほどの古株でも、いちいち帳簿をみなくちゃ覚えてないっていうの。そんなことでお仕事が勤まる? 熙鳳お姉様も随分手ぬるかったのね。とにかくさっさとやってよ。仕事が遅れたら、それは私達の不行き届きってことになるでしょ」
厳しい物言いに、慌てて調べに行く女房。趙氏は賈家つきの人間なので、先例に従って二十両が払われることに。ところが、とうの趙氏本人が乗り込んできて、娘の探春へ喚き立てる。
趙氏「ちょっとあんた、どうして実の母親に対して便宜もはかってくれないの。私の弟が亡くなったのに、襲人(彼女は外から雇われた人間なので、香典は四十両だった)にも及ばない額のお金しか出さないだなんて!」
しかし探春は冷ややか。「お部屋様、これはご先祖様の代からの決まりなんです。どうして私がそれを破れますか。金の大小の問題じゃありません。奥様がせっかく私を目にかけてお仕事を任せてくれたのに、あなたがこうやって騒ぎ立てたら、それこそ皆の面目が丸つぶれというものです!」
母娘の喧嘩が次第にエスカレートしていくので、慌てて李紈がなだめに入る。が、かえって逆効果。
趙氏「奥様があなたを可愛がって下さるんだから、あなただって私をもっと大事にすべきなのよ!」
探春「どこの家に召使を引き立てるお嬢様がいるもんですか!」
趙氏「まあ! あなたは何でも思い通りになる身分でしょ! なのに私達には随分酷い扱いをするのね! あなたの伯父様が死んだんだから、多少は銀子の工面くらいしてもいいでしょうに! いずれあなたが嫁入りでもすれば、もっと趙家の面倒を見て欲しいくらいなのよ!」
探春「そんな趙ナントカなんて伯父のことなんか知りません!」
ますますヒートアップしてきたところへやってきたのは平児。
平児「煕鳳奥様が、趙家の親類に渡す金額について、探春お嬢様のお顔を立てて増額してもよいと仰せです」
探春「またなんでそんな道理に合わないことを! いい、奥様に伝えてちょうだいな。私の方では決まりを破ってお金を増やしたり減らしたりなんてことはしませんってね! そんなことで恩を売ろうとは思わないで!」
平児はかしこまって引き下がる。そこへ宝釵もやってきた。趙氏と言い争って涙を流したため、すっかり化粧の崩れた探春に、侍女達が洗顔の支度をする。
そんなところへ、別の女房がひょっこり用事を持ち込んできたので、平児が一括。「あんた、お嬢様が支度をしているのが見えないの! 一体どんな重要な用事なのよ」
せせら笑う探春。「さっきも呉の女房さんが先例も素知らぬ顔で私を騙そうとしたのよ」
平児は探春が並みならぬ相手とみて、穏やかに彼女をなだめる。「女房達はあなたを箱入りのお嬢様と見くびっていたんですわ。それでサボりを決めこもうとしていたんですよ」
すかさず、表にいる女房達をしかりつける。
「あんた達、お嬢様をなめてかかったら、後で煕鳳奥様が良くなった時に話をつけるからね!」

・平児の活躍で、女房達の働きぶりも改まった。彼女は王煕鳳のもとへ探春の見事な手腕について報告。感嘆する煕鳳だったが、一方で警戒も強まる。
煕鳳「とにかくあちらのやることに対して反抗しないことよ。私のやってることがばれたりしたら、あの探春お嬢様のこと、きっと一番に私を糾弾するだろうから」
平児「わたくし、全部心得ておりますわ。任せてくださいな」

次回を待て

小言
賈家の三女、賈探春大活躍の回。病気になった煕鳳に代わり、探春が家政をビシバシ取り仕切る。まあ本来は李紈が中心なんだけれども、彼女のやり方が手ぬるいので、結果的に探春が目立ってしまったわけ。
非常に見どころの多い回だが、中でも興味深いのが探春と趙氏の親子喧嘩。この二人、母子であること以外に召使と主人の関係でもある。もと使用人の趙氏は、探春よりも地位が低いのだ。しかし趙氏は賈家の主筋である賈政の妾なので、やたらと権威を振りかざす。で、結果的に騒動を起こす。一方探春は家の直系なのだけれど、妾腹なので何かと肩身の狭い思いをしている。後半、煕鳳と平児の会話でも触れられているように、家によってはお嬢様が妾腹という理由だけで、人柄も関係なしに馬鹿にするという例があった模様。
現代の感覚からすると、母親に対する探春の態度は(趙氏の行いを抜きにしても)冷たくうつるかもしれない。けれど当時は儒教社会、地位がものを言う時代なのだから、探春のスタンスは至極普通だったといえる。
凄く個人的なことだけれど、この回は私が紅楼夢に本格的にハマるきっかけを作ってくれた回でもある。当時の私はさっぱりした探春の人柄にすっかり入れ込んでしまった。そんなわけで、とにかく思い出深い。

気になる人物達
賈探春…賈家の三女。熙鳳よりも手厳しく家事の采配を行う。家庭内の地位も外から来た嫁である熙鳳より高い。煕鳳が彼女を重んじるのもそのため。とてもきっちりした性格に育ったのは、本人が妾腹を気にしていた証拠かもしれない。他にも、自分が男だったら良かったと漏らす場面も。前の回でも言及したが、彼女の部屋の内装は男風の趣味で溢れている。
李紈…仏様な未亡人。彼女が王夫人に指名されたのは、栄国邸の人間であることに加え、男児も産んで家内における安定的な地位があるからだろう。
薛宝釵…探春達のサポートとして王夫人から指名される。本人は控えめな正確なので、表だってあれこれ言うことはしない。本格的な活躍は次回を待て。
王夫人…いやいやあんたが家事見なさいよってな気もするが、たぶん本人の地位的に面倒臭いことはやりたがらないのだろう。
王熙鳳…流産で倒れてしまう。このあたりの描写は軽く流されているが、男児のいない熙鳳にとってかなりショックな出来事だったのではなかろうか。探春が腰を上げたことには感謝したが、一方で自分の汚い行いがバレるのを恐れている。
趙氏…探春の生母。娘の前でごちゃごちゃ騒いで赤っ恥。でも彼女の言い分もわからなくないんだけどなあ。
平児…探春をフォローしつつ、王熙鳳の立場もしっかり守る。姉さんナイスプレー。

おまけ
王煕鳳の人物評…物語後半、平児との会話で出てきた賈家兄弟姉妹の評価を簡単にピックアップ。いざという時家政の手伝いとして役に立ってくれるのは誰か、ということで始まったこの人物評ですが…。
賈宝玉:まるで思い通りにならない役立たず。
李紈:仏様過ぎてあてに出来ない。
迎春:李紈以下の役立たず。
惜春:子供
賈蘭:もっと子供
賈環:ゴミ
宝釵:冷たい
黛玉:ひ弱すぎ
探春:妾腹なのが残念。それ以外はパーフェクト

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