2015_04
05
(Sun)21:05

紅楼夢 第五十七回

第五十七回 紫鵑ちゃんは、恋のキューピット


・王夫人の呼び出しは、甄家へのご挨拶に行くとのことだった。宝玉は大賛成。甄家で歓待を受けて帰ってくるのだった。

・翌日、黛玉の見舞いへ向かった宝玉。紫鵑が表で刺繍をしているのを見て、いつもの調子で馴れ馴れしく話しかける。
「やあ紫鵑ちゃん、そんな寒い格好じゃ風邪引くよ。君まで倒れたら大変だ」
 伸びてくる宝玉の手を振り払い、冷ややかな視線を向ける紫鵑。
「若様。そういう馴れ馴れしい振る舞いは、今日までにしてくださいな。黛玉様も常々おっしゃってるんです。若様のお相手をしてくだらぬおしゃべりなんかするんじゃないって」
 ショックを受ける宝玉。茫然自失の体で石段の上に腰かけていると、黛玉のもう一人の侍女、雪雁が声をかけてくる。
「まあ、こんなところで何をしてらっしゃるの?」
 逆切れする宝玉。
「何で話しかけてくるんだ! 黛ちゃんが迷惑するって言ってるんだろう! 私に構わないでくれ!」

・部屋へ戻ってきた雪雁から宝玉の様子を聞き、慌てて彼のもとへ駆けつける紫鵑。
「若様、あたくしがあんなことを言ったのも、若様を思ってのことなんですから。それなのにこんなところで怒ってらっしゃるなんて」
途端に機嫌を戻す宝玉。
「いやあ~ハッハッハ! 誰が怒ったりするものか。君の言うことがまったく正しいと思ってね。段々みんなが私に構ってくれなくなると悲しいなあって考えてたのさ!」
しばらく談笑するうち、ふと嘆息気味に紫鵑が言う。
「そういえば、お嬢様は来年蘇州へ戻られるんですわ」
「ちょwwwまたそんな嘘言っちゃって。黛ちゃんの故郷の蘇州には、もう親戚なんかいないじゃないか」
「あら、若様ご存じないんですか? 賈家にこれほど沢山人がいるのに、林家にいないなんてはずがないじゃありませんか。ご成人なさったら、当然おかえりになりますわ。あ、お嬢様が言ってましたっけ。以前あなた様に差し上げた品物は、お帰りの時に全部返してくださいって。あなた様からいただいた品物も、全部お返ししますから」
「な、なんだってェー!」
宝玉、愕然。
晴雯に連れられて部屋に戻ったが、泡を吹いて人事不省に陥る宝玉。呼んでも叩いてもフリーズ状態。襲人はじめ、部屋の人間は大慌て。乳母の李ばあやは、もう手遅れでございますと泣き出してしまう。

・黛玉の看病をしていた紫鵑のもとへ、襲人が鼻息荒く乗り込んでくる。
「ちょっとあんたっ! うちの若様に一体何をしてくれたのよ!」
 ポカンとする紫鵑。襲人に事情を聞かされ、すっかり慌ててしまう。
「私、冗談を言っただけなんです……」
「だからっ! うちのバカ主人は冗談だって本気にすることくらいわかってるでしょ! さっきからまるで死人みたいになって……このまま何かあっても、私知らないから!」
 泣き崩れる襲人。これにショックを受けたのが黛玉。いつものヒステリーを爆発させる。
「私を今すぐ殺して! 縄よ、縄でくびり殺して!

・とにもかくにも、紫鵑を宝玉のもとへ引っ張ってきた襲人。そこには怒りの形相の史太君が。
「この小娘っ! 一体宝玉に何を言ったのだい!」
 冗談を言っただけなんです…と、もごもご答える紫鵑。彼女の姿を見つけた宝玉は途端に覚醒。
「うおおお、私も蘇州へ連れてってくれェー!」
 叫びながら、紫鵑の腕を掴んで離さない。一同、紫鵑から詳しい事情を聞いて、ようやく胸をなでおろす。そんなところへ、使用人頭・林之孝の奥さんがやってくる。林、という言葉を聞いた途端、またしても発狂する宝玉。
「ウオオオオッ、林家の迎えが来たんだーッ! 黛ちゃんを連れて行かないでくれええ!」
 慌てて追い出す史太君。
「これっ、早く下がらせなさい! よしよし宝玉、安心おし」
「(泣きながら)どこの誰だろうと、黛ちゃん以外に林を名乗ることは許さないぞおお!」
「よしよしわかった。お前たち、今後、誰もこの園に林姓の者を入れてはならぬ」
 一同笑うどころではない。ようやくおさまったかと思いきや、突然宝玉が叫ぶ!
「ああっ! あの船はっ……蘇州へ黛ちゃんを連れていくつもりだ!」
 宝玉が泡を吹いて指さしたのはただの船の模型。襲人が慌てて棚からそれを下ろし、宝玉に渡す。
「さあ、これでもうどこへも行けないぞ」とご満悦の宝玉。どうかしている。

・やがて医者がやってきて宝玉の様態を見るが、まったく問題無し。しかし宝玉が紫鵑を手放さないので、史太君はしばらく彼女に宝玉の世話をさせることに。すっかり回復した宝玉は、紫鵑にどうしてあんな嘘を言ったのか尋ねる。
「実は、あたくしが勝手に先走って、若様のお気持ちを試したくなったんですの。あたくし、黛玉様によくしていただいて、今では実の姉妹も同然なんです。あたくしはこの家に買われた人間ですから、もし黛玉様が外へお嫁に行ってしまっては、ついていくことも叶いません。それが心配なんです」
「そういうことだったのか。じゃあ安心しておくれ。命ある限り、私達は一緒にいると誓うよ」

・ようやく黛玉の部屋に戻ってきた紫鵑。黛玉と一緒に寝床へ入ると、にこやかに語りかける。
「宝玉様はやっぱり良い人でした! あたくしがちょっと冗談を口にしただけで、あんなに真に受けてくれるんですもの」
 スルーする黛玉。紫鵑がさらに一言。
「もともとお似合いのお二人のことなんですもの、最初から心配なんて必要無かったんだわ」
「この馬鹿! 戻ってきたと思ったらペラペラまくし立てて、少しも疲れてないっての!」
「まあ、わたくし、お嬢様への思いやりから言ってるんですわ。ご家族も亡くなり、後ろ盾も無いのですから、将来のことは早めに考えておきませんと」
「ちょっと会わないうちに人が変わったみたいになって……一体どうしたっての! お前なんか、明日お婆様のところへ返してやりますからね!」
 そんな口を叩きつつも、内心は悲しい気持ちで一杯になり、泣き明かしてしまう黛玉だった。

・薛未亡人は邢岫烟がすっかり気に入り、薛蝌の嫁にと史太君に提言。史太君もオーケーを出した。薛宝釵は邢岫烟の貧しいのを気にかけ、陰ながら色々と助けてやる。岫烟はそんな宝釵にすっかり感動し、姉妹と呼び合うほどの仲に。

・冷え込んできたある日、邢岫烟が寒そうな格好をしているのを宝釵が見とがめる。
「あら、まだ衣替えしてませんの。お手当てが行き届いていないのかしら」
「実は伯母(邢夫人)に、月々のお手当ては二両もいらないだろうと削られてしまったんです。それで、自分の着物を質入れしたんですの」
「まあ、そういうことなら、どしどし私のところへ借りにきてちょうだい。お互い身内なんですから」

・邢岫烟と別れて黛玉の見舞いにやってきた宝釵。ちょうど薛未亡人と黛玉が話し込んでいるところだった。薛母子の仲良さげな有り様を皮肉る黛玉だが、それを真に受けた薛未亡人はしきりに黛玉をなだめる。
「色々考えてみたんだけれど、噃はとんでもない性根だし、薛蝌は嫁が決まったばかり。でもほら、宝琴ちゃんを宝玉さんのお嫁にって話があったけれど、もう縁組が決まっていたから取り消しになったでしょう。いっそ、黛ちゃんを宝玉さんのお嫁にしてはどうかと思うのよ」
黛玉思いやりセンサーを発動させた紫鵑が、すかさずこの話に飛びついてくる。
紫鵑「奥様! そんな素晴らしい話、どうして早くおっしゃってくれなかったのです?」
薛未亡人「あらまあ、何を焦っているの。大方、主にさっさと嫁いで貰って、自分もいい旦那様を見つける気ね」
真っ赤になる紫鵑。
紫鵑「お、奥様ったら、歳を召していらっしゃるのをいいことに、そんな……」
恥ずかしさに逃げ出す紫鵑を見て、一同は笑いが絶えないのだった。

・そこへひょっこりやってきた史湘雲。手には何か書付のような物を持っている。
「ねえねえ、これ何かしら!」
黛玉も首をひねるが、女房達はにやにや笑っている。薛宝釵はそれが邢岫烟の着物を質入れする時に使った質札だと知り、素早く奪い取ってしまい込む。
薛未亡人達が去った後で、宝釵は黛玉と湘雲に邢岫烟の苦しい家計事情を話す。憤慨する湘雲。そこへ探春達がやってきたので、三人は慌てて口をつぐむのだった。

次回を待て

小言
宝黛恋愛模様のターニングポイントともいえる回。四十五回以降は色々あって宝玉と黛玉を中心とした話は少ない。そんなわけで、久々に若きカップルの恋愛騒動が楽しめる回。というか、紅楼夢でも屈指のカオス回だったりする。殆ど狂っているとしか思えない宝玉の言動、林黛玉のヒステリックぶりはもはやギャグの領域。いつも以上に取り乱す襲人、史太君の姿も笑える。いや、まあ本人達にしてみれば大真面目なシーンなんだけれども。
ちなみに今回の宝玉・黛玉・紫鵑のエピソードは、舞台や映画のように時間の限られたメディアでも必ずと言っていいほど登場する。それだけ宝玉と黛玉の恋愛における重要な場面なのだ。
後半は邢岫烟の暮らしぶりにも触れられている。家が貧しいにもかかわらず、伯母の刑夫人や同棲している賈迎春はまったくあてにならない有り様。そこへ助け船を出した宝釵の人柄に惚れこみ、岫烟も縁談を承知したというわけ(つまり薛蝌のことは別に惚れたというわけではなかった)。

気になる人物達
紫鵑…今回の主役にして彼女の真骨頂。主のために健気に尽くす彼女はホンマに侍女の鏡です。寝床で宝玉の真心を黛玉に伝えるシーン、薛未亡人にからかわれるシーンは最高に可愛い。
林黛玉…で、その主。紫鵑のありがたい言葉にも八つ当たり。まあ仲のいい証拠だろう。
賈宝玉…問題の人物。黛玉一筋なのは確かなんだけど、封建社会においては「○○ちゃんが好き」と表だって主張出来ないから、紫鵑が気を揉むのもやむなしか。紫鵑にずっと一緒だよと答えるシーンもミョーに嘘くさい。日頃口が軽すぎなんだよねえ。目が覚めてからの言動はもはや変人以外の何者でもない。
襲人…宝玉の人事不省に、日頃の冷静さもどこへやら。紫鵑を見習った方がいいですな。
雪雁…黛玉の侍女。蘇州からついてきた娘なので、本来なら紫鵑よりもずっと絆は深いはずなのだが…。幼さゆえに黛玉の世話は行き届かない部分がある。
史太君…例によって宝玉のことになると血相が変わる。
薛宝釵…皆に優しい女神様。商人の娘なので質札のことも当然知っていた。が、さりげに質札は香菱が落としたのだと犯行を押しつけている。こらこら。
史湘雲…無邪気なお嬢様。育ちが育ちなので質札が何なのかも知らなかった。実家で貧乏暮らしをしているといっても、そこはやっぱりお嬢様なのだ。
邢岫烟…貧しさにもめげない出来た娘。それにしても環境に恵まれなさすぎ。宝釵がいて良かったね。
薛蝌…岫烟と縁組。まあ岫烟が縁談にオーケーしたのは宝釵がいたからなんですが…泣くな薛蝌。目立たないが、紅楼夢の男性キャラクターでは一、二を争うまともな男。
賈迎春…宝釵に空気扱いされる。どんどん立場の無くなっていく娘。
邢夫人…岫烟ちゃんに対する仕打ちで、ますます大勢の読者を敵にまわしている。
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C.O.M.M.E.N.T

No title

今回の小言・気になる人物は、とりわけおもしろいです~。とくに後の方の人ほど。(読者を敵に回すと、ホント、こわいですね。)
それと、私のホームページへ張ったリンクサイト名、さっそく書き換えてくださってありがとうございました。

2015/04/07 (Tue) 23:00 | にしきの #- | URL | 編集 | 返信

No title

にしきの様
コメントありがとうございます。
私の好きな紫鵑や岫烟の出番が多い回なので、内容にも気合が入ってしまいました。紅楼夢ストーリーでは今回の場面がどのように翻訳されているのか、とても気になります。今から楽しみです!

2015/04/10 (Fri) 00:25 | 春秋梅菊 #- | URL | 編集 | 返信

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