2015_04
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(Sun)00:49

紅楼夢 第五十八回

第五十八回 子役者達の転職活動


・亡くなった老太妃の葬儀のため、史太君はじめ賈家のお偉いメンバーは一か月近く家を空けることに。薛未亡人が大観園の姉妹達の面倒を引き受け、黛玉を宝釵と一緒に住まわせる。二人はすっかり仲良しに。

・召使の数が減って難儀していた矢先、王夫人は十二人の娘役者を実家に帰そうと考える。尤氏の提案で、娘役者のうち郷里に帰りたがっている者は帰し、そうでない者は屋敷に留め仕事をさせることとなった。

・そんなわけで、娘役者の大半は大観園の姉妹に侍女として仕えることが決まった。しかし、芸ばっかりで暮らしてきた身分なので、仕事のやり方ときたら滅茶苦茶だし、ガキンチョだけに振る舞いも生意気。古株の女房達の恨みを買う。

・前回の騒動から体調も回復した宝玉は、散歩に出かける。天気のいいポカポカした日なのに、岫烟が結婚すると聞いてなんだか気分の良くない宝玉。「清純な女の子も男に触れると腐っちまうんだー!」

・そんなところへ、園内で働く老女の怒鳴り声。
「藕官、このクソアマ! なんで紙銭なんぞ焼いてるんじゃゴルァ!」
怒られているのは女役者の一人にして、黛玉づきの侍女になった藕官だった。咄嗟に彼女を庇う宝玉。
「これは黛ちゃんがこの子に頼んでやらせたんだよ。お前、言いつけに行くのは勝手だが、おばあ様が帰ってきたら私からもお前のことを報告させて貰うよ。願掛けを邪魔したってね!」
すごすご去っていく老女。藕官は宝玉に感謝したが、紙銭を焼いていたわけについては芳官に聞いてくれと言葉を濁すのだった。

・黛ちゃんのもとを訪れた宝玉。以前よりガリガリに痩せている彼女を見て心配が募る。黛玉は宝玉こそ病み上がりなのだからと、部屋へ追い返してしまう。

・女役者の一人、芳官は宝玉の部屋にまわされていた。義母に髪を洗って欲しいと頼むが、意地悪な義母は自分の娘を先に洗う。憤慨する芳官。
「えこひいきなんて酷いわ。あたしが稼いだお金を母さんが全部持って行ってるくせに!」
「何だい、このガキ。やっぱり役者なんてのはろくでもないもんだよ、人のあら捜しをしてつべこべぬかしやがるんだから」
母娘で喧嘩が始まってしまう。襲人は二人をなだめ、芳官には自分の石鹸や香油を貸してやる。これを見た義母は、自分の面子を潰された悔しさに芳官を殴りつける。
宝玉や襲人が飛び出すより早く、晴雯が一喝。
「このばばぁ! もののわかんない人ね。あんたが洗いたくないっていうから、私達が洗面具を貸してやってんでしょ! それなのによく娘をぶったり出来るわね」
「この子が生意気だからぶっただけです」と開き直る義母。それを麝月がたしなめる。
「まあおばあさん、ちょっと考えてくださいよ。どこの女房が、ご主人様の部屋で娘を叱りつけるような騒ぎをしてまして? その娘は主のいる身分なんだから、しつけは主がちゃんとやります。そうでなければ、私達がしつけをします。だからあなた達があれこれ世話を焼いてでしゃばりをする必要はありません」

・ようやく争いもひと段落、夕食の時間に。またしても芳官の話題になったところで、麝月が一言。
「あの子も結構叱られて当然のことをやっているわ。昨日も時計のおもりをいじくって、あげくには壊してしまったんだもの」
 宝玉が食事の席に着くと、襲人はそばにいた芳官に食事のお手伝いをするよう指導する。
「さあ、お給仕のやり方くらい覚えなくちゃね。いい、息を吹きかけてスープを冷まし、若様に飲ませてあげるのよ」
 言われるままに、フウフウ息を吹きかける芳官。
 その時、表にいた芳官の義母がどたどたと中へ入り込んできて、作り笑いと共に芳官からお椀をひったくる。
「この娘は不作法ですから、お椀を割りかねません。私がやりましょう」
 これを見て怒鳴る晴雯。
「ババァ、出ていきなさい! あんたなんかがそんな仕事をさせてもらえると思ってんの!」
 侍女見習いたちに追い出されて、渋々義母は退散するのだった。

・宝玉の食事が済み、侍女達も食事のため部屋を引き取る。一人残った芳官へ、宝玉は藕官が紙銭を焼いていた話をする。
「あれは亡くなった薬官ちゃんのために焼いていたんです」
「ははあ、同門のよしみってわけだね」
「そんなんじゃないんです、あの子、ちょっとおかしいんですわ。そもそも、藕官ちゃんと薬官ちゃんは舞台だと夫婦の役柄だったんです。毎回惚れたの何だののお芝居をしていたものですから、そのうち気がふれて日常でもいい仲になってしまい、離れられないほどだったんですの。で、薬官ちゃんが亡くなって、その悲しみようときたら大変なものでした。で、薬官ちゃんの後をついだ蕊官とも一見仲良くやってるんですけど、本人が言うには、心の中ではずっと薬官ちゃんを想っているの、なんて言うんです」
自分の女性観に符合するところがあったのか、宝玉は感動して芳官に言った。
「そういうことか。じゃあ今後のためにも是非藕官に伝えておくれ。紙銭なんてのは後世の人が考えた異端だから、今後はやっちゃいけない。ただ香炉を用意して、そこへ一心に思いをこめて祈ればいいんだ。お金を焼くようなうわべじゃなくて、真心が何より大切なんだよ」

次回を待て


小言
今回より、侍女と女房達の引き起こす家庭内闘争がお話の中心になる。中国古典小説は数あれど、このように下層身分の人間模様を丁寧に描いている作品は実に珍しい(って前にもこんなこと言ったような)。
さて、注目すべきは女役者から侍女見習いにジョブチェンジした十二人の娘達。みんな誰が誰やら忘れているだろうから、ここでちょっと整理してみよう。
・花芳官…宝玉の侍女見習いに。
・藕官…黛玉の侍女見習いに。
・蕊官…宝釵の侍女見習いに。
・艾官…探春の侍女見習いに。
・韋葵官…湘雲の侍女見習いに。
・荳官…宝琴の侍女見習いに。
・文官…史太君の侍女見習いに。
・茄官…尤氏が連れて行き、その後は不明。
・宝官…不明。
・玉官…不明。
・齢官 …宝釵の誕生祝で、黛玉にそっくりと言われた子。さらに後の第三十回では賈薔と恋愛エピソードもあった。その後の行方は言及が無く、死亡したか帰郷したものと思われる。
・薬官…故人。いつ亡くなったかは不明。名前も今回が初登場。
さて、彼女達の中には、芳官のように女房の娘分となった者もいる。が、女役者という卑しい身分や、彼女達の奔放な性格が仇となり、女房や老女達との確執が深まっていくようになる。やがてその矛先は女役者の上司である晴雯や襲人達にも向けられ始め、より大きな悲劇が起こるのだが、それはまた今後の回にて説明しよう。
ところで、芳官の口から語られる藕官と薬官のエピソードはまんま現代でいうところの百合だろう。薛噃の時といい、同性愛までカバーしているとは…。このように、夫婦役の同性役者達がお互いを好きになってしまう現象は昔からあったらしく、映画や小説のモチーフになっていることも少なくない。お好きな方は調べてみるがよろし。

気になる人物達
賈宝玉…今回、芳官への語りで彼の死生観がよく表されている。彼が仏教や道教などを嫌うのは、彼らが金利主義に陥っているからで、紙銭の習慣に対して批判的なのもそのため。お金よりも思いやりが大事!ってなわけ。何気にこうした主張は、拝金主義な現代の中国人にも十分通じるところがあるのでは。
林黛玉…前回の騒動でストレスがたまったのか、すっかりやせ細っている。
花襲人…喧嘩は苦手。優しい性格のせいか、注意してもそれほど強く出られない。
晴雯…喧嘩っ早い。言い方がいちいちキツイ。それが後々になって…。
麝月…喧嘩を止めるのが得意。第五十二回でもそうだったが、騒動が起きた時に冷静な判断で発言できる重要な存在。
芳官…喧嘩の元凶。今回を皮切りに、次々と騒動を引き起こす。
芳官の義母…金にがめつい老女。女房や古株の女中はこんなんばっかである。
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C.O.M.M.E.N.T

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