2015_05
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(Sun)22:19

第七十三回捕捉 八股文について


 八股文は明清代の科挙における答案形式(文体)の一種である。
 八股文がゴミだという宝玉の主張だが、これはあながち間違ったものとも言い難く、清朝後期になると実際に批判の対象となっていた。八股文は平たく言ってしまえば、お約束ごとに基づいた言葉パズルみたいなもん。極端な話、体裁だけ整えれば中身はすっからかんでもオッケーという代物だった。

 どうしてこれが科挙試験の必須回答形式になっているのかといえば、それは採点が簡単だから。採点官の立場になって考えればわかりやすいが、科挙試験の際は膨大な数の答案を相手にしなければならない。これがもし完全な作文だと、採点官ごとに見方が変わり、主観での評価が多くなる。そうでなくとも、科挙試験はもともと採点官による不正がおきやすかった。そのため、平等な評価が出来る八股文が試験課題に組み込まれたのだ。回答には決まった形式があるから、論文のようにあやふやな採点方法にならないし、不正も起きない。一見すると合理的だが、八股文による採点制度では受験者の人間性や政治家としての資質を評価出来ない(もっとも、これは八股文に限らず科挙が広まった当初からそういう批判もあったのだけれど、八股文の浸透で悪影響が一層増大した)。そのため、時代を経るにつれて、お勉強が出来るだけのロクデナシ役人が増えていくことになった。このようにまるで実学を伴わない八股文だが、他によい答案方法も無かったため、科挙試験が廃止される1905年まで結局この制度が続いた。

 作者の曹雪芹がどこまで科挙の根本的欠陥をも見越していたかは不明だが、こういう世相を読む見識の高さも、紅楼夢の評価を持ち上げている一員ではないかと思う。

 科挙制度そのものについてももっと語りたいが、ヒジョーに長くなるので、気になる方は日本における中国研究者の大御所・宮崎市定先生の「科挙」を読もう!
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C.O.M.M.E.N.T

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