第八十回 鬼嫁大戦争


・地雷を踏んでしまった香菱へ、容赦なく牙をむく金桂。
「へええ、菱がそんなにクサイってんなら捨てちまった方がいいんじゃないのお?」
「いえいえ、菱だけに限らず、葉っぱや房だって綺麗な香りがするものですわ」
「じゃあそっちの香りの方が蘭や桂の花よりもマシってわけ?」
「そんなまさか! 蘭や桂の香りは、それこそずっと素敵ですわ」
 またしてもうっかり地雷を踏んでしまった香菱(旧時代、主人の名前を呼び捨てにすることは禁忌だった)。金桂の侍女の宝蟾が、ここぞとばかり食ってかかる。
「おいコラァ、なんであんたごときが奥様の名前を呼び捨てにすんのよ!」
 慌てて弁解する香菱。金桂は冷笑し、香菱という名前は変だからいっそ秋菱に改名しようと言い出す。香菱はそれではと、言われるままに従うのだった。

・金桂は何とか香菱をぶっ潰してやろうと画策。侍女の宝蟾が近頃薛蟠に目をつけられているので、いっそ宝蟾を妾にして香菱への愛情を殺ぎ、その隙に香菱と追い出してやろうと考える。

・ある日、金桂は宝蟾と薛蟠が二人きりになれるようお膳立て。そして二人が寝床に入ったところを見計らって、香菱に「あたしのハンカチとってこいよぉ」と命じる。近頃金桂から冷たくされていた香菱は、名誉挽回とばかり急いでハンカチを取りに向かう。
 が、いざやってきてみるとそこは薛蟠と宝蟾が今まさにおっぱじめようという最中。香菱に現場を見られた宝蟾は、泡を食って逃げだしてしまう。お預けを食らった薛蟠はブチ切れ、香菱を怒鳴りつける。

・晩になり、再び宝蟾を薛蟠と一緒に寝させようとする金桂。香菱へ自分の部屋で一緒に寝るよう強要。嫌々顔の香菱へ嫌みを言いまくる。
「おーおー、あたしが汚いから一緒に休みたくないってか、あぁん? それとも夜中に用事を言いつけられるのが気に入らねえのかよぉ?」
 仕方なく言うとおりにする香菱。金桂は一晩中彼女をこき使い、ちっとも休ませようとしないのだった。

・そして金桂の計画は第二段階へ。ある日、自分の枕元に呪い人形がおいてあったと騒ぎ立てる(もちろん、自作自演)。薛蟠はここ何日かずっと宝蟾と一緒に寝ていたので、呪い人形の犯人は金桂と寝ていた香菱に違いないと、問いただしもせずに彼女を殴りまくる始末。この事態には薛未亡人も我慢ならず、香菱を打つくらいなら、他のところへ売ってやるとお説教。
 そこへ、窓辺からひょいと顔を出し、食ってかかる金桂。
「売っちゃうならさっさとやってよぉ~。なんで旦那様を責めるのよぉ~。そんなに香菱が嫌いなら、あたしの女中も妾には出来ないわねェー」
 怒り心頭の薛未亡人。
「ど、どういうつもりです。姑が話をしているのをよそに、嫁が窓辺から口答えだなんて。それでも旧家の令嬢ですか! 作法も何もあったものではないわ!」
「だって妾があたしを呪い殺そうとしてるしィ、作法とかもう構ってらんないわ~。薛家マジこえ~お金があるのをいいことに人を売ったりないがしろにしたり、マジやべえ。もうあたしダメだわ~殺されるゥ! ヘルプミー!」
 金桂は泣いたり喚いたり床をゴロゴロ転がったり、もはや手がつけられない。

・宝釵のもとへ戻った薛未亡人は香菱を売ろうとするが、宝釵はそれならこっちで引き取ればいいと提案。香菱も売られるのだけは嫌だと泣いてすがる。ようやく騒ぎも落ち着いたが、以来香菱は元気がなくなり、病で日に日に弱っていくのだった。

・金桂は香菱を追いやった後、最近薛蟠と出来上がって調子こいてる宝蟾を潰しにかかる。が、宝蟾も気性の荒い女なのでなかなか一筋縄ではいかない。二人の夜叉女が連日ドンパチする中、間で右往左往するばかりの薛蟠。

・病気もよくなった宝玉はある日、王夫人のもとへご挨拶に。すると、迎春が嫁ぎ先でDVに遭っているという知らせを聞く。王夫人も哀れに想い、彼女をこちらへ呼び寄せて憂さ晴らしさせることに。

・翌日、天斉廟へお参りにいった宝玉が帰ってくると、迎春がちょうど戻ってきたところだった。彼女が夫の孫紹祖から受けた虐待を聞いて、その場の一同も涙にくれる。
 迎春は数日の間、思い出のある大観園の部屋で姉妹達と一緒に過ごしたが、やがて孫紹祖の呼び出しで泣く泣く帰っていくのだった。

小言
夏金桂の恐るべき暴れっぷりが描かれる回。王煕鳳のように悪知恵を巡らせ、それが無理となると泣き叫んで押し通そうとする金桂の手管はもはや天晴れ。いったいどこが良家の令嬢なのか。金桂一人のために、薛家は目も当てられない有り様になってしまっている。面白くはあるんだけど、あんまり笑えない状況。
それと対比されるかのように、嫁ぎ先で虐められまくっている大人しい迎春。アバズレ過ぎても、大人しすぎても駄目ということか。
また、原作者である曹雪芹の手で書かれたのはこの八十回までになる(ただし、後の構想などは一部原作者に近しい人物の手で明らかにされている)。

気になる人物達
夏金桂…ヤクザじみた戦術で次々に邪魔者を撃破。好き放題に暮らしている。鳥のアラ汁が好きらしい。ってんなことどうでもいいか。
香菱…尤二姐なみに善良な子なので、金桂のような鬼の前にはなすすべもなかった。
宝蟾…金桂の侍女。賈璉の妾・秋桐を彷彿とさせる性悪娘。
薛宝釵…あんた傍観してないでもうちょっと助けてやれよ!
薛未亡人…バカ息子とバカ嫁のコンボに悩まされている。
薛蟠…アバズレ正妻とアバズレ妾のコンボに悩まされている。こっちは自業自得だけど。
賈迎春…夫がゴミクズなために苦しめられている。
孫紹祖…迎春の夫。紅楼夢トップクラスのサイテー男(だと思うんですけど、どうでしょう?)。金瓶梅の西門慶みたいに、屋敷の女という女に残らず手をつけているらしい。迎春を貰い受けたのは賈赦が五千両の借金をしていたからだというが…本当のところは不明。
王夫人…迎春の悲惨な暮らしにも、運命と思って頑張りなさいというありがたくないエールを送るだけ。まあ確かに彼女の立場からじゃ大した支援は出来ないんだろうけど。
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