第八十二回 いっと いず ゆあ ですてにぃ


・賈宝玉は勉強を始めることを報告するため挨拶周り。黛ちゃんの前では「勉強したくねえ」と本音を漏らすが、あんまり賛同してもらえず。

・部屋に帰ってきた宝玉はさっそく読書に励むが、なかなかはかどらない。徹夜で勉強したはいいが、翌朝寝坊してしまい、塾に遅刻する。代儒に叱られつつも、早速四書五経の読み解きを開始。「後生恐るべし」の文章を読解するように言われる。
「この文章は、若い人達にエールを送るもので、努力しないまま人生うかうかして過ごしていると……ええとぉ」
 宝玉は目の前にいる代儒が、まさに人生をうかうかして過ごし、結局栄華を得られなかった老人なので、思わず言葉を濁す。代儒に続きを促され、仕方なく正直に答える宝玉。その後もそんな調子で、毎日書物の読解をしていくのだった。

・宝玉が塾へ通い、すっかり静かになった部屋。針仕事をしながら思案にふける襲人。
「もっと早くこんな日々がくれば、晴雯ちゃんだって死なずに済んだかもしれないのに。それに私はただの妾。宝玉様の奥様がとんでもない人だった日には、酷い苦労を背負い込むことになる。今のところは、黛玉様が嫁候補みたいだけど、あの方はどうも苦手だし…」
 そこで黛玉が本当に宝玉の妻になりそうかを探りに行く。黛玉にそれとなく尤二姐や香菱の話をするが、相手も何かあると察して口を重くする。

・黛玉は襲人の話を聞いて沈み込む。横になっていると、侍女見習いがやってきて「黛玉様のおめでたのために、南京から人がいらっしゃってますわ」などと言う。びっくりした矢先、ぞろぞろやってきた王夫人や宝釵達。
王煕鳳「おめでとう、黛玉さん!」
黛玉「何のお話ですか?」
王煕鳳「嫌ねえ、今度あなたのお父様が栄転なさり、後妻もお迎えになったでしょ。それでもうあなたをうちにおいておけないから、親戚の筋へお嫁にやることになったじゃないの!」
 あっけにとられる黛玉。
「嘘、そんなの嘘よ!」
 奥方たちは冷笑して去っていく。黛玉は急ぎ史太君のもとへ訴える。
「お婆様! 私は南へ行きたくありません。一生お婆様のもとにいます!」
「それはわしにはどうにもならないよ。お前は女なんだからいつか嫁がなくちゃいけない。ここには置いておけないのだよ」
「召使いでも何でもいいんです。どうかここにいさせてください! これまでずっと可愛がってくださったのに、どうして助けていただけないのですか?」
 そんな黛玉を冷たく突き放す史太君。
「鴛鴦や、この子を連れだしてくれ。あれこれ騒がれてくたびれたよ」
 賈家から追い出されるなんて! こんなことなら、もう自害しよう……いや、まだ宝玉さんがいる! あの人ならきっと私がここに残ることを望むはず! すがるような思いで宝玉のもとへ駆けつけた黛玉。が、目の前に現れた宝玉は「おめでとう、黛ちゃん!」と満面の笑みを浮かべながら言う。
「酷いわ! まさかこんな方だったなんて! あなたって義理も人情も無いのね!」
「ちょwww だって黛ちゃんはもう婿さんがいるんでしょww 私にはどうしようもないしww」
 あまりのことに泣き出しながら、黛玉は訴える。
「私に、一体どこへ行けっていうのよ」
「行きたくないなら、ここにいてくださいよ。あなたは私と約束があってうちに来たんだから」
「私の心は決まってるわ。あなたはどうなの? 私に残って欲しいの、欲しくないの?」
「やだなあ、そんなに私が信じられないなら、見ていてくださいよ」
 いきなり小刀を取り出し、自分の胸を切り開き出す宝玉。黛玉は仰天して、すぐに彼の割れたみぞおちを合わせようとする。
「何をやってるの! 殺すなら私を先にして!」
「心配いりませんよォ! 私の心を見せるだけですからね!」
 そんなことを言いながら、自分で切り開いた胸に手を突っ込みガサゴソやっている宝玉。突然顔色を変え、
「うおっ、やべっ。心がなくなってるぞ! もう生きていられない!」
 目を回して、その場に倒れてしまう…。
 
・悲鳴をあげた黛玉は、紫鵑の声で目を覚ます。何と今のは夢だったのだ。余りにもリアルでトラウマチックでスプラッターな内容だけに、黛玉の精神ダメージは大きく、その晩は怖くて眠れずじまいだった。

・翌朝になり、咳がやまない黛玉。紫鵑が主の痰壷を取り替えようとすると、底の方に血の塊が。思わず悲鳴をあげてしまった紫鵑。黛玉に問いただされごまかそうとするも、察しのいい彼女は自分が吐血したことに気がつき、ショックでまたしても血をはいてしまう。

・探春と湘雲は、ついに完成した惜春の大観園の絵を観賞して楽しんでいたところ。黛玉を呼ぼうとした矢先、侍女から黛玉の病気が悪化した知らせを聞いて、すぐさま見舞いにかけつけるのだった。

小言
婚礼カウントダウンの回。襲人の言葉がきっかけで、黛ちゃんがいよいよ自分の将来に対して不安を抱くようになる。黛玉と宝玉が仲良しなのは周囲にとってもバレバレな事実なんだけれども、だからといって本当にくっつくかは当人の両親次第。特にこの時代、親がいないということは結婚に関して発言権が無いも同じである。既に両親を亡くしている黛玉は、結婚に関して相当不利な立場にいるのだ。もし親がいれば「あの方が好きだからお嫁に行きたいわ」くらいのアピールは出来たし、親の方も子供を愛していればすんなりオーケーを出したはず。
また、前半の宝玉の勉強場面。科挙の試験というのは古文解釈が主であり、今回は「論語」の文章を読解している。こうした経書を読んだことのある方ならおわかりだろうが、古人の文章というのは内容がかなり大雑把であり、見方によっては色んな解釈が出来てしまう。だから同じ文章を読んでいても、人によって大幅に意味が違ったりする。科挙の試験では、いかに古人の文章を正しく読解できているかが評価の鍵になるわけだが、採点官にしてもそれぞれ読解の視点が違うわけだから、採点は非常に難しくなる。そのため、以前にも述べたように、回答の内容ではなく形式を重視して採点をしやすくした八股文が生まれたわけである。
余談だけれど、書店にはよく「仕事で役立つ中国古典」みたいなタイトルの本が置いてある。ああいう類の書籍にしても、実はどうでもいい理屈を無理矢理中国古文に置き換え、言葉に泊をつけているだけなのだ。たとえば「人に譲る気持ちを大事にしようぜ」なんてそのまま言うよりも「経路の窄き処は、一歩を留めて人の行くに与えよ」なあんて古文を用いた方がずっとそれらしく聞こえるはず。何が言いたいかって言うと、昔の偉い人の言葉だからって、無闇に有り難がる必要なんかないってこと。むしろやたら中国古典を引用したがる輩の方が百倍怪しい。勉強熱心なよい子のみんなも気をつけようぜ。

気になる人物達
賈宝玉…それなりに頑張って勉強中。黛玉の夢の中で、自分の心を抉りだしてしまうが、実はこれ、ちゃんと後の展開に繋がっていたりする。
林黛玉…悪夢を見てしまう。ただでさえ神経質な子がこういう体験をしちゃうからさあ大変。夢の中では日頃言わないような本音を沢山ぶちまけていて、泣ける。
襲人…宝玉が勉強を始めてヒマになったのか、自分の将来について考え始める今日この頃。そのセリフと行動から、鋭い読者は「あれ、こいつってもしかして結構性格悪いんじゃ?」と察するはず。
紫鵑…懸命にお仕えするも、主の内心をはかってやることが出来ず…。
探春・惜春・湘雲…大観園の残り花達。惜春ちゃんはようやく絵を完成させた模様。書きはじめかなり時間が経った気がするんですけど。湘雲は黛玉の吐いた血を見て、「ウワァ、林お姉様血ィ吐いちゃったのお! やばいやん」と思わず大声で叫んでしまう。おかげで黛ちゃんの精神ダメージは倍増。第二十二回の時からまるで成長していない…。
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