第八十六回 正義はあるのかと聞いているッ!


・戻ってきた下男と薛蝌の手紙を通じ、薛蟠が殺人をした経歴を知らされる薛未亡人と宝釵。何でも、旅の途中で役者の蒋玉函と出会い、一緒に飲み屋へ立ち寄ったが、そこにいた給仕の小僧との言い争いがきっかけで、薛蟠は小僧を殺してしまったという。

・既に証拠もあがっており、ヘタレ薛蟠も自分から罪を白状したため、助かる望みはかなり低い。薛未亡人はすぐさま銀子を実家から払い下げ、賄賂で息子を救おうとする。多額の銀子によって、どうにか死罪を免れた薛蟠だった。

・その頃、賈家では元春妃が病で倒れたという噂で持ちきり。史太君は夢の中で元春に度々出会い、不安な気持ちになる。折しも、宮中では別の妃が亡くなったところだった。

・薛蟠の事件も一段落し、宝玉は久々に黛玉のもとへ遊びに行く。すると彼女は見慣れない書物を読んでいた。なんとそれは琴の楽譜だったのだ。黛ちゃんに音楽の才能があったんだなあと感心する宝玉。黛玉はご機嫌になったのか、あれこれ琴の蘊蓄を並べ立てるのだった。

小言
薛蟠にとうとう天誅がくだる。まあ本人の自業自得で、全然カタルシスはないんですけど。今回の目玉はやはり裁判シーン。いわゆる公案(裁判もの)と呼ばれる通俗小説のジャンルでは、清廉な官吏が庶民のために正義の判決を下すのがお決まりなのだけれど、「紅楼夢」にははろくな官吏が出てこない。実際、現代に至っても汚職が常識な中国のこと、現実は今回のような判決が多かったに違いない。あまりにもさらりと書かれているので気がつきにくいが、紅楼夢はあちこちの場面で官界の悪を暴き出している(もっとも、こういう描写は「紅楼夢」以前にも「金瓶梅」などの作品で散見される)。ただ、こうした描写が一部の士太夫層の反感を買ったのも事実。例えば、アンチ「紅楼夢」のコンセプトで書かれた「児女英雄伝」では、眩しいほどに清廉潔白な役人キャラクターが登場する。
もっとも「紅楼夢」の官界批判も、後代の作品に比べたらまだまだ大人しい方だったりする。清末では、あからさまに官界へ喧嘩を売った譴責小説というジャンルが生まれ、小説で政府批判をする作者も現れた。庶民の低俗な娯楽だった小説も、時代を経るに連れて立派な政治主張の手段へ変わっていったのだ。あんまり長く語ってもキリが無いので、興味のある方は是非中国小説史について書かれた本を読んでみてください。

気になる人物達
薛蟠…読者にしてみればやったー、ざまあみろーというところだが、大量の賄賂のおかげで助かってしまう。ちっ。
薛未亡人…息子が可愛いのはわかるが…何だかなあ。
薛蝌…裁判所と賈家を往復し、伝達係に。いい仕事してます。
蒋玉函…薛蟠と出会い、一緒に店で飲む。実は今回の事件、店の給仕が彼の美貌に色目をつかったのがきっかけだった。
張三…薛蟠に殺された給仕。二十三歳独身。薛蟠と言い争いの末、杯を頭に投げつけられて死亡。
王氏…張三の母。亭主や上の息子を亡くし、張三しか身内がいなかった。家は貧乏。同じ母親の立場の薛未亡人と対比して書かれているのが印象的。
賈宝玉…薛蟠の事件を聞いた時、蒋玉函が都にいたと知って、かつて交換した彼の帯に思いを馳せる。黛玉とは久々に話し込み、なかなかいい雰囲気。
林黛玉…琴の蘊蓄を爆発させる。何だかんだで、自分の知識を思う存分ひけらかせるのは宝玉くらいなのだろう。仕えている侍女達に話したって、どうせわかってもらえないしね。
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