2015_11
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(Mon)02:02

紅楼夢 第九十七回

第九十七回 避けられぬ悲劇


・吐血した黛玉の体調は一気に悪化。紫鵑と雪雁は必至で看病したが、その有り様に涙を禁じえない。黛玉は宝玉と宝釵の結婚が決まったことを知り、人生を悲観してひたすら早く死にたいと願うのだった。

・史太君、王夫人、王煕鳳らは黛玉を見舞いに来て、これはもう長くないだろうと判断。
史太君「あの子はよくなる見込みはなさそうだ。それにしても、ああなった原因は、やっぱり恋煩いのようだね。宝玉とは仲が良いといっても、お互い成人なのだから男女の弁えくらいつけてもらわないと。黛玉がもともと下心あって宝玉に近づいていたのだとしたら、ふん、それこそとんでもない娘だったということになるじゃないか。ああいう病気は、治そうにもしようが無いしね」
王煕鳳「黛玉さんのことなら、お医者様に任せれば大丈夫ですわ。それより、薛家の方では支度も整ったそうです。婚礼の件について、薛叔母様と相談することにしましょう」

・翌日、王煕鳳は宝玉の部屋へ来て、にこやかに言う。
「宝玉さん、お父上の決定で、あなたにお嫁さんを貰ってあげることになったのよ。黛玉さんをね。どう、嬉しいでしょう?」
宝玉はげらげら笑い出したかと思うと、急に真面目な顔になったりして「黛ちゃんに会いに行くんだ」などと言い出す。それを慌てて止める煕鳳。
「あの子は花嫁さんなんだから、今は会えるわけないでしょ。あなたがまともにならなくちゃ、彼女だって会いたくないでしょうよ」
「僕は自分の心を持っていたんだけど、黛ちゃんにあげてしまったんです。でも、彼女が持ってきてくれれば、また元通りになりますよ」
 煕鳳はバカバカしい言い草に笑いそうになる。その後史太君と合流し、薛未亡人を王夫人の部屋へ招く。挨拶を済ませると、王煕鳳が切り出した。
「実は宝玉さんの病気をおばあ様が酷く心配しておりますの。それで縁起直しということで、金の首飾りを持った薛お嬢様と宝玉さんを結婚させようということになったんですの」
 薛未亡人も内心賛成したが、息子は裁判中だし兄弟の王子騰も亡くなっている。こんな悪い時期の結婚を娘がためらうのではと考えた。しかし王夫人の説得で、結局承諾することに。
 翌日、薛未亡人は宝釵に結婚のことを伝える。宝釵は言葉も無く、静かに涙を流した。

・薛未亡人の承諾もあり、スムーズに婚礼の準備は進んだ。薛噃の裁判もどうにか無罪で済みそうになり、また宝釵も落ち着き先を見つけたので、久方ぶりに肩の荷が下りた薛未亡人。家人達の相談により、当日は招待客も呼ばず、身内だけの小さい結婚式になりそうだった。花嫁すり替え作戦の件も、宝玉や黛玉の部屋の侍女達には知られておらず、万事順調に運んでいた。

・一方の黛玉は、病気で日に日に弱っていく。見かねた紫鵑は、とうとう意を決して告げた。
「わたくし、お嬢様の気持ちはとうにわかっております。でも考えてみてください。宝玉様はあの病気ですし、花嫁を迎えるなんてことありえませんわ。でたらめに耳を貸さず、しっかり体をいたわってくださいな」
 しかし、頑固な黛玉がそんな忠告に耳を貸すはずもない。紫鵑は日に何度も鴛鴦へ主の病状を伝えていたが、ここ数日史太君が黛玉を快く思っていないのを知っている鴛鴦は、あまり真面目に聞こうとしないのだった。
 黛玉はここ数日見舞客が殆ど現れず、そばにいるのは紫鵑ただ一人だけ。自分はいよいよ死ぬのだと思い込む。
「紫鵑。お前は私のことを一番わかってくれる子だわ。ここ何年か、私はお前を実の妹のように思っていたのよ…。ねえ、お願い。横になっていたくないの。手を貸して、起こしてちょうだい」
「お嬢様! 具合も悪いのに、起き上がってどうなさるんです!」
 泣いて止める紫鵑。しかし黛玉が一人で起き上がろうとするので、やむなく雪雁と手を貸す。
「私の詩稿をとって…」
 紫鵑はすぐにまとめてあった詩稿の束を持ってくる。黛玉はなおも周囲へ目をやり、また言う。
「私のハンカチも…字の書いてあるものよ…(第三十四回に宝玉から貰ったもの)」
 そのハンカチを持ってきて渡したものの、気が気ではない紫鵑。
「お嬢様、ご覧になるのは具合が良くなってからでいいじゃありませんか」
 ところが、黛玉はハンカチを見るわけでも無く、手で引き裂こうとしている。紫鵑はてっきり、宝玉様の薄情を恨んでいるだと思い込む。主の体調を思って諌めたものの、黛玉は聞く耳持たずに雪雁へ火鉢を用意するよう告げる。
 火を焚くなり、ハンカチと詩稿をその中へぶちまける黛玉。紫鵑と雪雁が急いで取り出すも、後の祭りだった。
 その後、疲れのせいか眠ってしまう黛玉。翌日起きると、さらに病状は悪化した。もはや主の命もこれまでかと、急いで史太君のもとへ自ら知らせに向かったが、人の姿はどこにもない。宝玉の部屋にも行ってみたが、こちらももぬけの殻。そこでようやく、宝玉と宝釵の結婚が本当に行われるのだと察した。紫鵑は悲しみ、また怒りが込み上げてきた。
「みんな酷いわ、薄情者だわ! 宝玉様にしても、以前は私がちょっと嘘をついただけで黛玉様のために大騒ぎしたほどだったのに、それが今日ときたらどうだろう。こんな冷たい仕打ちが出来るなんて!」
 歩き回っているうちに、宝玉づきの下男がやってくる。紫鵑は慌てて呼びとめた。
「ねえ、宝玉様がお嫁さんを迎えるって聞いたんだけど、一体いつの話なのかしらね?」
「お姉さん。内緒ですよ。上の言いつけで、あなた方には知らせないことになってるんですから。実は今夜婚礼をあげるんです」
 下男の去った後、茫然として涙を流す紫鵑。
「宝玉様、わかってますわ。明日黛玉様が亡くなられたら、あなたはさぞ願ったり叶ったりでしょう。厄介事から逃げられるんですもの。でもそれで、私に会わせる顔がありまして!」

・部屋に戻ると、黛玉の命はもはや風前の灯だった。紫鵑は誰か頼りになる人はいないかと考え、寡婦の李紈なら今日の祝いごとにも参加していないだろうと、侍女見習いに呼びに行かせる。果たして、駆けつけてくる李紈。黛玉の様態を見て、死に装束を用意させようとするが、とうの紫鵑は激しく泣くばかり。そこへ平児と林之孝のかみさんもやってくる。黛玉の見舞いにやってきたというが、実は婚礼の花嫁すり替え作戦のため、黛玉の侍女が必要だったのだ。そこで紫鵑にちょっと来てくれないかと頼む林之孝のかみさん。思わず怒りを覚える紫鵑。
「そちらでは、そんなに人手が足りないっておっしゃるんですか! …私はこの通り、病人の介抱で体もけがれております。林お嬢様も、私が必要なんです」
そこで李紈と平児は、雪雁を紫鵑の代わりとして連れて行く。雪雁は内心疑問に思いながらも、上の命令とあって仕方なくついていった。
「以前の宝玉様と黛玉様はとても仲が良かったのに、近頃はどうしたんだろう。もしかして宝玉様は病気と偽って黛玉様を遠ざけ、宝釵様とくっつくつもりなんだろうか?」

・こちら宝玉、周囲の陰謀とも知らず、自分は黛玉を嫁に迎えるのだとばかり思っていた。頭はおかしくなっているものの、喜びですっかり有頂天。襲人を急かして、すっかり婚礼の準備を整えていた。
そして、花嫁の籠がやってくる。中から出てきたのは真っ赤な婚礼衣装の花嫁。蓋頭をしているので無論顔は見えない。付添いの侍女は雪雁だった。宝玉はどうして紫鵑ではないのだろうかと一瞬疑問思ったが、きっと雪雁が黛玉の実家から連れてきた侍女だからだと合点する。
史太君をはじめ、家族一同に見守られながら、新郎新婦は互いに天地と家族に拝礼する。そしていよいよ夫婦の対面。宝玉はつかつか歩み寄り、婚礼作法の順序も無視していきなり声をかける。
「やあ黛ちゃん! しばらく会っていませんでしたね。そんな被り物して、何の真似です?」
 そして、いきなり蓋頭を引っぺがす。そこにいたのは黛玉……ではなく、宝釵。
 ぽかんとする宝玉。振り向くと雪雁の姿は消えていて、鶯児が立っている。宝玉は目をこすり、何度も花嫁を見たが、やはり宝釵に間違いない。
「僕はどこにいるんだろう? 夢を見てるのかな」
すかさず進み出てたしなめる襲人。
「おめでたい日に、何をおっしゃるんです」
「でもほら、あそこにいる人…あれは誰だい?」
「あちらはお輿入れになったあなたの奥様ですわ」
「僕の奥様って……」
「宝釵様ですよ」
「黛ちゃんは? 僕は黛ちゃんを貰うはずだったんだよ。さっき雪雁だっていたじゃないか。みんな、これは茶番でもしてるんでしょう」
 埒が明かないとみて、王煕鳳もやってくる。
「宝釵ちゃんのいる前で、滅多なことを言ってはいけませんよ」
 しかし宝玉が納得するはずもない。いきなり黛ちゃんに会いに行くんだと叫び、その場を飛び出そうとする。周囲に止められ、気を失ってしまう宝玉。何も聞かない振りをしている宝釵。
 こうして、婚礼は終わったのだった。

・翌日、任地へ出発することになった賈政。一同はそれを見送る。宝玉も父親の見送りに顔を出したが、部屋に戻ると途端に様態が悪化し、飲食もままならぬほどになってしまうのだった。

宝玉の命は。そして黛玉は。待て次回っ!

小言
紅楼夢のクライマックス前編。ついに起きてしまった悲劇。もはや涙を禁じ得ない展開。なんといっても酷いのが史太君をはじめとする大人達だろう。結婚する当人達の気持ちなど露ほども考えず、ホイホイ婚礼の話を進めてしまう。大体、嫁側の家が裁判中だったり、婿側の人間の新郎が病気だったりな状況で、婚礼をしようという考えもどうかと思われる。そのせいで、結婚式の悲劇ぶりも倍増というわけ。
黛玉の死、宝釵との結婚などのイベントは現行本だと同じタイミングになっているが、曹雪芹の原案ではまた違ったらしく、様々な考察がされている。個人的に、現行本の展開はドラマチックで気に入っている。色々文句を言われることも多い現行本だが、紅楼夢クライマックスとも呼べるこの場面に関しては、かなりいい出来なのではないだろうか。ただし、原作者の意図を汲んでないように思える部分も少なくない。特に賈宝玉は展開の都合で精神がはっきりしたりぼんやりしたり、かなりちぐはぐな描写がされている。
婚礼の描写は当時の時代背景がわかって色々楽しい。ちなみに上では蓋頭と書いたが、これは新婦の被り物で、婚礼の儀式が終わるまでは顔が見えないようになっている。昔の婚礼というのは親が勝手に決めてしまうので、当人同士は床入り直前まで相手の顔を知らないというのがフツーだった。むしろ、宝玉達のように互いを見知っているのは少々レアなケースといえる(少々、というのは親同士に昔からつきあいがあれば、結婚前に当人たちが顔を合わせている可能性もあるため)。蓋頭を外したら、相手の娘さんが絶世の美女じゃなくて絶世のブスだった…なんてこともあったかもしれない。ドキドキものだなぁ。
余談はさておき、まさに中国古典小説を代表する名場面が盛りだくさんの回。涙なしでは読めない。

悲劇の人物とその周辺
賈宝玉…黛玉を娶れるものかと信じていた矢先、悲劇に見舞われる。まあ本人にはどうしようもないことだった。
林黛玉…病気が悪化し、とうとう死の一歩手前に。誌稿やハンカチを焼いたことを、紫鵑は宝玉の薄情を呪ってのことだと思い込んだが、黛玉自身の心情描写が無いので本当のところはわからない。個人的に、彼女が宝玉を恨んで死んでいったとは思えない。詩稿やハンカチを焼いた行為は、宝玉との思い出と一緒に自分を葬りたかったからではないかと解釈している。二人を結ぶ木玉縁とは、彼らの心の繋がりにこそあると感じるので。
薛宝釵…描写が少なく目立たないが、黛玉と同じくらい酷い目に遭っている。兄は裁判中、親戚は次々に亡くなる、そんな状況で婚礼なんて、嬉しいはずがない。しかも結婚当日、夫は別の女の名前を呼んで人事不省。最悪。そもそも婚礼の日取りも、母親から「この日に決まったから」と一方的に伝えられただけ。そりゃ泣くに決まっている。彼女は何一つ望んでいないのに、結果的に宝玉から恨まれる立場になってしまったのもまた辛い。
紫鵑…いい子過ぎ! 健気な献身にはただただ涙。今回の隠れヒロインです。
雪雁…黛玉からは子供っぽいのを嫌われていたことが判明する。そうだったかなぁ?
史太君…黛玉が恋煩いで病気になったのだと思い、それまでの愛情も一気に薄れる。まあ儒教社会のご法度に触れているわけだから、理屈はわからなくもないけれど、ちょっと酷過ぎじゃなかろうか。
王夫人…もはや完全に悪女。要所要所で押しの強いところを見せる。
王煕鳳…こちらもまたやってることが酷い。黛玉に対する態度は完全に虐め。
襲人…騙されている主を説得しようとする。彼女の立場にしてみれば、婚礼をぶち壊さないため、宝釵の気分を害さないため、という大義名分があるものの、やってることはぶん殴りたくなるくらいに酷い。
鴛鴦…家の大事や主の気持ちをおもんぱかってのこととはいえ、間接的に黛玉を死に追いやる行動をしてしまっている。
薛未亡人…あっさり説得されてんじゃねーよ!善人なんだけど、こういう時はホントダメ。
李紈…やもめ暮らしなので、婚礼に参加せず。黛玉の見舞いに来たが、役に立っているかといえば、う~ん。
平児…いつも頼れる我らがスーパー侍女。王煕鳳に仕える立場ながら、黛玉のことも考えてあげる良心の持ち主。
史湘雲…薛未亡人の会話で、いつの間にか嫁いだことになっている。現行本ではかなり雑な扱いをされており、夫の名前すら明らかにされない。彼女の今後については、また別の回で。
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