2015_11
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(Wed)00:37

紅楼夢 第九十八回

第九十八回 絳珠涙尽き、天に帰す


・賈宝玉の様態は悪化の一途をたどり、新婚夫婦は里帰り(結婚して三日経ったら、夫婦は新婦の家へ挨拶に行く決まりがある)も出来ない有様。やむなく、薛未亡人に来て貰ってどうにか体裁を整える。宝玉は町中の医者に診て貰っても回復しなかったが、とある貧乏医者のおかげで命を取り留めた。

・やや快方に向かうなり、宝玉は襲人を問いただす。
「僕が嫁に貰うのは黛ちゃんだったはずなのに、一体どういうことなんだい?」
 本当のことを言うわけにもいかず、やむなく黛玉は病気だと繕う襲人。当然宝玉が黙っているはずもなく、林黛玉のもとへ向かおうとするが、体調が万全じゃないためろくに動けない。
「もう死にたいよぉ! 黛ちゃんが死ぬなら僕も死ぬ。そして棺を一緒に並べて貰うんだ!」
 そこで進み出たのが他ならぬ宝釵。
「養生もせず、何を馬鹿なことをおっしゃるの。あなたの将来を案じるご隠居様、あなたを産み育ててくれた奥様、それに妻になったばかりの私という人間がいながら、あなたが死ぬなんてことが許されるとお考えですか!」
「久しぶりに口をきいたかと思えば、もっともらしくお説教ですか?」
「なら本当のことを教えてあげます。黛玉さんは、あなたが病気になっていた間に亡くなったんですのよ」
 仰天する宝玉。
「黛ちゃんが亡くなったって!」
「どうして嘘など申しますか。皆さんはまたあなたの具合が悪くなると案じて、言わずにいただけのことです」
 愛していた人の死を知り、その場に昏倒してしまう宝玉。

・気がつくと、宝玉は見知らぬ場所にいた。目の前へ現れた男に聞けば、ここは死人の魂が訪れる冥界だという。林黛玉はいませんかと尋ねる宝玉。男は「そんな者はいない。ここはまだお前の来る場所ではないから、心を入れ替えて生きるように」と諭し、宝玉を送り返す。史太君や宝釵に見守られる中、宝玉は目を覚ましたのだった。

・宝釵があえて真実を語ったのも、彼女なりの考えがあってのことだった。いつまでも黛玉のことを隠し立てをするよりは、いっそ話してしまった方が当人もすっきりするだろう、と。この目論見は見事に当たり、宝玉の精神ははっきりして、体調もある程度良くなった。時折黛玉のことを思い出して落ち込むと、その度に襲人が根気よく慰めにかかった。
「皆様が宝釵様を奥様にすすめたのは、あの方が生来しっかりしているからですわ。林お嬢様は偏屈で病気がちでしたから、ご隠居様も将来を心配して、宝釵様を選んだんです」

・話は少し戻って、まさに宝玉と宝釵の結婚式が行われていたその頃、林黛玉の命は尽きようとしていた。紫鵑を引き寄せ、優しく語る黛玉。
「あんたは私によく仕えてくれたわね。本当はずっと一緒にいたかったけれど。最後にお願いがあるの。私はこの家に家族もないし、身体も綺麗なままだわ。死んだら、私の亡骸を故郷まで送って欲しいの」
 次第に、呼吸がか細くなっていく黛玉。賈探春が駆けつけてきたが、もはや黛玉の身体は冷たくなり、助かりそうにない。
 皆が涙を流して見守る中、突然、黛玉は声を振り絞って叫んだ。
「宝玉さん、あなたはよく……!」
 言葉はそこで途切れ、彼女は力を失って亡くなったのだった。
 納棺の準備がされる中、王熙鳳もやってくる。ちょうど宝玉が人事不省に陥っていたところなので、凶報が重なることになってはと、やんわり黛玉の死を史太君や王夫人へ伝える。史太君はその最期を悲しんだが、なにぶんこちらでは宝玉が意識を無くしているので、黛玉のもとへ行く余裕はない。その後、ようやく宝玉が目覚めてから、史太君は宝釵にも黛玉の死を話したのだった。

・宝玉は体も良くなったからと、黛玉の亡骸に会うべく潚湘館へ。愛した人の眠る棺を見て、泣き出す宝玉。それから紫鵑を呼んで、黛玉の最期がどんな様子だったかを一部始終尋ねる。主のことで宝玉を恨んでいた紫鵑だったが、心底悲しんでいる彼の様子を見て、幾らか心を許した。

・その後、ようやく宝玉の様態も落ち着き、史太君らも胸をなで下ろす。そろそろ新郎新婦で床入りさせようかと相談していたところへ、王熙鳳がやってくるが…。
 
クライマックスは過ぎたが、最終回じゃないぞ。もうちっとだけ続くんじゃ。

小言
紅楼夢クライマックスの後編。とうとう林黛玉が亡くなってしまう。序盤で語られたように、宝黛の二人は前世の縁がある。黛玉は現世で涙を流すことで、宝玉への恩を返す定めにあった。これって恩返しになってるの、という疑問はあるけれども。
彼女の最期は、現行本だと紫鵑以外に探春、平児らといった顔ぶれに看取られるが、曹雪芹の原版では紫鵑一人しかいなかったらしい。また黛玉の亡くなるタイミングも研究者によって意見が分かれている。そのほか、現行本における黛玉の臨終の台詞は「宝玉、你好…」。最期まで言い終えずに途切れている。そのため、後に続く言葉についてもあれこれ考察があり、主立ったものでは下記の二説がある。
「宝玉,你好狠!(宝玉さん、なんて酷い人なの!)」…宝釵との結婚を知り、宝玉を恨む台詞。紫鵑は前回の黛玉の行動から、台詞の続きがこのようだったと解釈している節がある。
「宝玉,你好好活着(宝玉さん、お元気で!)」…宝玉をあれだけ愛していた黛玉なのだから、臨終にはきっと思いやりを見せるに違いない、と解釈すればこういう感じの台詞になる。
他にもこんなものがある(ないない)
「宝玉,你好笨啊! 她们在骗你呀!(宝玉さんの大バカ!みんなあなたを騙してたのよ!)」
「宝玉,你好不要脸啊! 脚踏两只船呀!(宝玉さん、何て恥知らずの二股男!)」
「宝玉,你好去死了,无情的东西(死んじゃえ、薄情者!)」

 さて、悲劇の人物は黛玉だけではない。家族一同に騙されてしまった宝玉。儒教的な観念にどこまでも忠実に従ったため、結果として悪事の片棒を担いでしまう宝釵。宝黛釵の三人の悲劇は、儒教社会の矛盾に切り込むことで一層悲劇の色味を増している。
ちなみに冒頭で書いた里帰りについてだが、昔の中国では新婦が嫁いで三日目に、実家へ帰る習慣がある。何せ当時はまったく見知らぬ男の家へ嫁ぐ事例も多かったから、当然そこで過ごすとなれば周囲は他人ばかり。新婦の気苦労も半端ではない。そのため、一度実家へ帰してゆっくり休んで貰う期間を作っていたのだ。いやあ、意外と考えられてるもんですねえ。

悲劇の人物とその周辺
林黛玉…自分の生きた証を燃やし尽くして死んでいく。紫鵑への主従愛が泣ける。自分の感情のままに生きたその最後は、余りにも悲しい。
賈宝玉…黛玉の死を悲しむ。その喪失を埋めるかのように、黛玉に抱いていた愛情の一部を宝釵へ向けるが、結局未練がましく黛玉の面影を追い続けることになる。
薛宝釵…宝玉への荒療治は見事というか、一歩間違ったらとんでもないことになってたと思うんですが。それにしても立場的に可哀想すぎる。彼女をこんな状況へ追い込んだ姑連中は鬼としか言いようがない。
襲人…あろうことか、主の前で亡くなった黛玉をディスる。おいおい。続作者の意図がどこまで働いているのかは不明だが、どんどん悪者になっているキャラ。
紫鵑…主である黛玉の死は、これ以降彼女を悩ませるように。結婚については前回も書いたとおり事情を知らされていなかったので、宝玉が宝釵と結婚したことには怒り心頭。
李紈…後家なので結婚式には参加せず。黛玉の最期に駆けつけた。
賈探春…黛玉の最期に駆けつけ、彼女の遺言を史太君らへ伝える。こういう時やっぱり頼りになる人。
史太君…黛玉の死を悲しむが、親族の隔てがあるため臨終には駆けつけなかった。
地獄の男…たぶん偉い人。宝玉に説教を食らわせたかと思ったら、途中から優しい慰めの言葉をかけた。たぶんいい人だ。
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C.O.M.M.E.N.T

No Title

黛ちゃん、死んでしまいましたね。(号泣) 秦可卿のお葬式のはなやかさを思い出せば、このヒッソリ感は、哀れもひとしおです。…といいながら、黛玉の最期のせりふに爆笑。

2015/12/19 (Sat) 17:33 | にしきの #a2H6GHBU | URL | 編集 | 返信

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