2017_03
04
(Sat)22:43

面白い書きかけ小説を見つけた!

 
自分の作品を保管しているフォルダを何となく漁っていたら、まったく書いた記憶の無い書きかけの作品が。
 しかもコレ、超面白い(自分で言うな)。読んでいるうちに、おぼろげながら思い出してきましたが…一体この先の結末はどうするつもりだったのか。まるでわからん。だから書きかけなんだろうけど。
 タイトルは無し。舞台は日中戦争期。主人公は日本人の父と中国人の母親を持つ女の子。名前が他の作品の使いまわしだった(笑)。書きかけの作品だとよくこういうことをやってしまう。
 とにかくすっごく面白かったので、予告がてらに書いた分を掲載します(ルビを振っただけで、あとは書いた当時のまんまです)。もし間に合えば、次の文フリ東京にてお披露目です。 
 以下本編。

 私は、日増しに北平の空が淀んでいくように思いました。けれど天気は天気、私にはどうしようも無いことです。天気と同じくらい、私の生活も暗い影に包まれていました。
「あれをごらん。腐った雌騾馬さ」
「ちぇっ、早く北平(北京)を出て満州にでも行っちまえばいいんだ」
「日本人と中国人の子だなんて、薄気味悪い」
 その日も、私はそんな言葉を背中に浴びながら平民学校への道を歩いていました。人々は味方と敵を嗅ぎ分ける鼻を持っているのか、私にだけは刺すような視線を浴びせるのです。私は出来るだけ人目を避けて、俯いて歩きました。
 学校に着くと、生徒達は抗日の話題で盛り上がっていました。男も女もありません。皆はそれ以外に話すことも無いようでした。
 この平民学校というのは、とある有識者が貧しい人達のために建てたもので、教室は一つしかありません。学校に改築される前は宿場だったと聞いています。生徒の年齢もばらばらで、上ならば二十過ぎ、下ならば十歳以下の子もいるのでした。教師は国語を教える聞(ウェン)先生と、歴史を教える張(ジャン)先生の二人のみでした。
 最近の授業は、もっぱら抗日に関することばかりでした。板書されるのは「満州」「天皇」「侵略」といった字で、先生の解説には日本を打倒する強い意志が込められていました。張先生の方はもっと直接的です。新聞の記事を切り抜いたものを生徒に配り、今国で何が起こっているのか、これからどうするべきなのかを生徒に教えるのです。
 私の居心地の悪さときたら、授業の間中ずっと吐き気が止まらないほどでした。生徒の数人が、先生の講義を聞きながら時々ちらっと私に視線を向けるのです。私はその度に心臓をきゅっと掴まれた気がして、身震いします。
 学校なんて行きたくない。毎日のようにそう思うのですが、突然登校を拒否したら、今よりずっと自分の立場が悪くなるような気もするのでした。こうして日本を打倒する教育を受け続けることが、私自身を守る助けになっているのも確かです。その証拠に、生徒達が表立って私を虐めたりすることは決してありません。もっとも、親しげに話しかけてくれることも無いのですが。
 先生達もこの小さい平民学校のしきたりに従い、決して生徒を差別することはありませんでした。それどころか、私には必要以上に気を遣ってくれているようにも思います。教育によって、私が抗日を訴えることを期待しているのかもしれません。
 学校が終わると、私は林(リン)さんのお店に寄っていきました。林さんは薬商を営んでいる五十過ぎの老人で、患者とあれば誰であっても分け隔てなく接してくれる人でした。
「愛簫(アイシャオ)かね。お母さんの具合はどうだ?」
「このところ、良くなってきました。咳も少ないんです」
「結構。いつもと同じ薬を出すから、そこで待っていなさい」
 林さんは帳場のすぐ近くにある椅子を顎でしゃくり、店の奥へ引っ込んでいきました。私が大人しく座って待っていると、外から麻袋の包みを抱えた若者が入ってきました。
 栁煙(リウイェン)です。林さんの甥で、私より三つ年上の十八歳。大学では文学を専攻している、知的で物静かな青年です。両親を小さい頃に亡くし、ずっと林さんのもとで暮らしていました。私の母は、柳煙がまだ幼かった頃、店の経営で忙しい林さんに代わってその面倒を見ていたのでした。林さんが現在病に苦しんでいる母を人一倍気遣ってくれるのも、そのお礼ということなのです。
 栁煙は私を横目に一瞥しただけで、すぐ店の奥に入ってしまいました。私は俯いて、爪の先をいじくっていました。ややあって、林さんが薬の包みを手に戻ってきます。
「お母さんによろしくな」
 私は頷き、包みを鞄へ押し込んで店を出ました。すると、後ろから誰かに呼び止められました。振り向いてみれば、栁煙です。
「途中まで送るよ」
「えっ」
「話したいことがあるから」
 私は何故か真っ赤になりました。
「何のお話ですか」
 栁煙と肩を並べて歩きながら、私が先に尋ねました。
「もう学校へは行かない方がいい。あそこは君のいる場所じゃない。出来るなら、今すぐ母親と一緒に北平を出て行くべきだ」
「私が日本人の娘だからですか?」
 私は強い口調で聞き返していました。どういうわけか、彼を前にすると、彼にとって私がどんな存在に見えているのか、問いただしたくなるような気持ちになったのです。
「日本人同士の娘だったら、まだ良かったんだ。そもそも身を案じてやることだって無かった。中国人と日本人の娘だから困るんだよ。君のお母さんには小さい頃、ずっとお世話になってきた。進学の時もお母さんに助けて貰ったしね」
「学費の支援のことをおっしゃっているなら、あれは私の父が出してくれたんです」
「ああ。もちろん、君のお父さんもだよ」
 明らかに、渋々つけ加えたような言い方でした。日本人の父から受けた恩は、恩では無いとでもいうのでしょうか。父はとても温厚で、母が栁煙の学費について話した時、まるで我が子のことのようにその支援を快諾したのです。けれど、今ここでそんな話をしても栁煙を不愉快にさせるだけのような気がして、私は口をつぐんでしまいました。
「とにかく気をつけなきゃならない。日本人達のニュースは君の耳にも入っているはずだ。彼らは南侵を続け、中国の土地を次々に奪おうとしている。僕は正直、北平が持ちこたえられるとは思わない」
「それなら、私が心配する必要は無いんじゃありませんか。私は日本人だから、もし彼らが侵略してきたって、殺されることなんか無いと思います」
 我ながら、酷く意地悪なことを言いました。栁煙は大きく目を見開いて、それから顔をしかめました。
「それもそうだな。だが共産党も国民党も、しきりに抗日のデモを繰り返している。中には過激な行動に出る者も少なくないんだ。今の北平だって、君にとって安全な場所とは言えないよ。君が日本人の娘だということはこのあたりじゃよく知られているし、その日本人と結婚したお母さんにだって類が及ぶ可能性はある」

ここまで。続きを書かなくては!

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2017/03/09 (Thu) 07:15 | つねさん #- | URL | 編集 | 返信

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