第七話「卖油郎独占花魁」

邦題は「油売りが花魁を独り占めすること」。これまた中国の説話では有名な一遍。江戸時代に中国の写本が国へ伝わると、一部登場人物が改編されるなどして読本にもなった。《醒世恒言》の三話にあたる。


ものがたり
宋の時代、北方金軍の南下によって開封に住んでいた莘一家は離散してしまう。莘夫婦の一人娘、瑤琴はあてもなくさまよううち、卜という男の手で臨安の廓に売られてしまう。騙されたと知った時には後の祭り、彼女は仕方なくそこで働くことになり、王美娘の名を貰う。十四にもなると臨安では有名な佳人になっていた。十五歳の時、初めて水揚げを経験し、その後一悶着あったもののそれからはますます客を取るようになり、彼女の名前は一層広まった。
一方、臨安府の油売り朱老人のもとでは三年前から秦重という若者が働いていた。彼もまた開封から戦を避けて避難してきた人間だった。朱老人のもとで働く女中といさかいになって家を追い出されてから、彼は一人で油を売り歩くようになる。真面目に働いていたある日、廓の前を通りかかって王美娘の姿を目にする。廓のおかみ王ばあさんはかねてから秦の噂を聞いていたので、お得意扱いするように。秦重は王美娘に会いたい一心で、ある日ついにお金を少しずつためて彼女を一晩抱く決心をする。一年半年かけてお金をため、身なりを整えた彼はいよいよ王美娘を一晩買おうとするが、とうの彼女は有名な芸妓なだけあってなかなか会えない。一か月余り経ってようやくその機会が来たが、王美娘は先客との宴会で酔っ払っていてとても秦重の相手をするどころではなかった。とりあえず奥部屋で二人っきりになった秦重は、酔った王美娘を一晩中介抱してやる。翌日、正気になった王美娘は彼の礼儀を心得た振る舞いに心底感服するのだった。
その後、秦重は真面目に働いていよいよ商売も大きくなった。そこで手伝いを雇おうと決め、折よく同じ開封出身の老夫婦がいたのでこれを雇うことにする。一方、王美娘はある時相手をつとめた呉八公子に辱められてしまい、靴を脱がされて川辺に放り出されてしまう。だが偶然駆けつけた秦重に救われ、彼女は是非あなたのところに嫁ぎたいと告白する。最初は断った秦重だが、王美娘の熱意にいよいよ承知した。彼女はかねてから自分で自分を受けだすために小銭をため込んでいたため、おかみの王ばあさんの友人、劉ばあさんに説得を手伝って貰い、無事廓を抜け出すことに成功する。
吉日を選んで結婚した二人だが、そこで驚くべき事実が判明する。秦重のもとで雇っていた老夫婦が、何と王美娘の良心だったのだ。天の引き合わせに感謝した秦重は、寺でお参りをする決意をする。色々な寺を渡り歩くうち、天竺寺で働いていた老人が自分の父だと知り、二人は再会を喜んだ。その後秦重と王美娘は子供を二人産み、彼らは学問で名を成したのだった。


しがない油売りが都一番の美人を手に入れ、生き別れた家族とも再会、子孫は栄えるといういいことずくめな話。
とはいえ、中国の説話の王道パターンでもある。物語の構成は見事で、王美娘と秦重、二人の話を別々に描きながらうまく絡ませている。貧乏な秦重がいかにして彼女を手に入れるのかと思えば、ただひたすら真面目にコツコツ働いて貯蓄するという、ある意味読み手の心理を裏切ったような展開がグッド。
日本人の観点からすると、家族に再開するくだりは少々ご都合主義に見えてしまうかもしれないが、中国小説を読みなれていると案外そうでもない。
中国では知り合った相手が「同郷の人」であることの意味が大きい。
瑤琴が悪党の卜をあてにする羽目になったのも彼が同郷の人だからであり、秦重が老夫婦を雇ったのも同郷の縁からである。広大な中国において、故郷が同じであるということは即ち助け合う仲間同士なのだ。特に北宋時代は北方から遼国や金国が攻めてきた事情もあり、戦火の中での助け合いとなれば、なおさら同郷の結びつきは重要視されたことだろう。そのため、物語の中で起こる離散と再会は偶然的な要素もあるにせよ、実は意外と読者を納得させる展開になっている。
またこれは余談だが、初めて会った中国人同士が名乗りをあげる時、大抵は名前と一緒に自分の郷里がどこであるかを明かす。これもまた上のような事情が絡んでいるのだろう。

ものがたり紹介では省いてしまったが、王美娘が劉ばあさんから娼妓の落籍について指南される場面があり、当時の中国の世相がわかって非常に面白い。廓に関する描写はこと細かく、当時の廓通いのルールなども学ぶことが出来る。
説話には訓示的な内容が多いが、本作の隠れメッセージは一つには「誠意を大事に(秦重のように真面目に働くことや、王美娘のように金ではなく人柄で相手を選ぶこと)」、二つには「同郷の縁を大事に」といったところだろうか。


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