2013_02
15
(Fri)08:12

毛沢東「紅楼夢は五回読まなければ発言権はない!」

日記のタイトルがなんじゃそりゃ、なのはさておき。
「紅楼夢」といえば中国では四大名著の一つであり、最も有名な古典の一つです。近頃は李小紅監督によってドラマ化もされたりしましたが、怖いファン達からぼこぼこにされてしまった模様。

さてそんな「紅楼夢」ですが、正直読みにくいことこの上ない。
日本人だから中国人だからというわけではなく、普通に挫折してしまいたくなる壁がいくつもあるのです。


1、冒頭三回のつまらなさ。
wikiでも語られていますが、第一回から第三回までの内容は非常に退屈です。これでまず五割がたの読者が消えていくことは間違いない。私も最初呼んだ時はここで挫折しました。
ちなみに私がハマり始めたのは四回目で、それも飛ばし読みして第五十六回の探春が家政をしきるあたりからです。

2、登場人物のアホみたいな数の多さ
アホみたいって何やねん!と怒りを買うかもしれませんが、ほんとに多いんだからしょうがない(でも三回くらい通して読むともうどのキャラクターも頭から離れないんだなこれが)。
賈、史、薛、王の家の人々とその侍女や下男、さらに彼らの関係者…という感じに複雑な人物関係があり、家系の略図とか見てもなんのこっちゃという感じです。
特に初見の読者が混乱するであろう部分の一つとして、賈家四姉妹の関係なんかが挙げられるでしょう。元春、迎春、探春、惜春の四人のうち、主人公の賈宝玉の実の兄弟は元春のみで、あとはみんな側室腹だったり、叔父の娘だったりとごっちゃごちゃ。まあ中国における兄弟の概念は日本のそれと異なる(向こうじゃ同族は既に兄弟同然)ので、ここはまた事情が違うのですが。


3、設定面の複雑さ
大観園? 太虚幻境? いやそもそもこの作品のタイトルは「紅楼夢」なのか「石頭記」なのか?
これはまあおまけみたいなもんですが、上記二つの要素にこれがプラスされることによっていよいよ読者の頭をかき乱してくれます。


しかし、上の三要素は一度はまってしまうと苦になるどころかスルメみたいに噛めば噛むほど味が増すようになります。紅楼夢の評価の高さの一つに、その構成力が挙げられています。とにかく上記の三要素があっちこっちで様々な伏線や因果関係を生み出し、一つに収束していくまでの展開の巧みさは見事に尽きます。
複雑だからこその面白さ、とでも言いましょうか。

ちなみに日記のタイトルにした毛沢東の発言ですが、当時は紅楼夢論争が流行っていたこともあって、深く読み込んでこそ作品を論じる権利がある、という旨で言ったもの。
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