2013_02
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(Sat)19:49

今古奇観 その六

第九話「转运汉巧遇洞庭红」もとは「拍案惊奇」の一話目にあたる。
邦題は「転運漢巧く洞庭紅に遇う」。転運漢とは人の名前ではなく徒名。運のまわる男といったところ。ようはラッキースターである。

ものがたり
明の成化年間、蘇州に住まう文若虚は聡明でいったん手をつけると大抵のことはこなせる男。しかしそれをいいことに稼業を怠け、すっかり財産を食いつぶしてしまう。何度か商売をやってみるが、いつも元手をすってしまう。ある時に、北京では扇子が売れると聞いて沢山仕入れてみたものの、その年は雨が降って扇子は全て駄目になってしまう、という具合だった。それから数年後、海外へ商売に行く一団に文若虚はついていくことにする。義侠心のある張という男の助けで、どうにか船の組員の一人になれたが、生憎海外へ商売へ行くにしても売る品物が無い。張から貰った銀一両で、文若虚は太湖の蜜柑「洞庭紅」を百斤ばかり買った。本人はこれが商品になるとは露ほども思わず、ただ船旅で喉が渇くだろうからと船員の皆のために買っただけだった。
出港した船はまず吉零国という場所についた。そこでは中国の品が三倍の値で売れる。文若虚は何気なく船を下りて蜜柑を箱ごと取り出し食べていたが、そこへ現地の人々がもの珍しそうにやってきて、蜜柑が食べ物だと知ると売ってくれるようせがんだ。それを皮切りに、蜜柑は次々にさばけていく。文若虚は値をふっかけていたので、稼ぎは相当なものになった。
再び出港した船だが、途中で風に遭い無人島に流れ着いた。文若虚は一人上陸して奥地に進み、巨大な亀の甲羅を見つける。他の商人達が品物を物々交換したのに対し、文若虚が持っているのはお金だけで、中国に戻った時向こうで売れる品物が無いので、ひとまずその珍しい甲羅を持って帰ることにした。
数日後、一行は福建に到着した。目の肥えたペルシャ人商人の店で、皆は自分達が持ってきた品で取引を始めるが、文若虚は品物が無いので落胆していた。しかし翌朝、ペルシャ商人は文若虚が持ってきた甲羅を偶然見つけ、これを高く買い取りたいと言い出した。文若虚は思い切りふっかけて五万両で売ったが、主人は即座に承知した。何とその殻は竜の殻であり、その殻には夜光の珠が数えきれないほどくっついているのだった。結局ペルシャ商人は相当安く買い取ってしまったわけだが、文若虚は足るを知り、家業を起こして子孫も繁栄したのだった。



いわゆる「運」の話である。これもまた訓示的な内容。いわゆる庶民の人々の中には努力をすることを無駄に思う人間が大勢いる。それもそのはずで、この時代農民は一生農民、商人は一生商人、地位を得るための手段となればオンリー科挙なのだ。努力しても人生が好転するとは限らない。そんな庶民を感化させるため、というのは言い過ぎかもしれないが、人生の中で転がり込んでくる運について本作では述べている。
主人公の文若虚は落ち目の人間だが、決して中途半端な暮らしになびこうとしない人間である。失敗しても、必ず次の機会を見つけては行動をしっかり起こす。そうした姿勢を持っているから、張のような人間が助けてくれたり、運がまわって大儲けも出来るのだ、というわけ。
ところでこの話の見どころは、何といっても海外の描写。明の成化年間はちょうど色々な国から入貢があった時期でもあり、海外との商売は盛んだったのだろう。海外商売専門の宿や通訳、仲介人がいると本編でも触れられている。また中国の品を海外に持っていくと三倍の値で売れ、さらにその海外の品物を中国に持って帰って売ればやはり三倍で売れる。つまり物々交換して中国に持って帰れば、九倍の値段で売れることになるのだと書かれているので、これは危険を冒しても確かに行く価値がある。
ちなみに、文若虚らがたどりついた吉零国だが、ネットでこんな文章を見つけた。
「吉零国,出自 《初刻拍案惊奇》,疑为斯里兰卡和缅甸之间,也就是今天的孟加拉湾」
スリランカとミャンマーの間、つまり現在のバングラデシュらしい。出典が不明なので、どこまで信用できるのかはわからないのですが…。
また終盤に出てきた竜の殻って何のことぞやと思われるだろうが、これまた詳しいことは不明。竜には九種類あって、本編に登場したのは鼉竜(だりゅう)という生き物の殻らしい。古代中国の空想上の生物で、ワニに似ているのだとか。そんなものが本当にいるかどうかはさておき、当時の人々が海外に抱いていた感覚がわかるのはなかなか面白い。
ちなみにタイトルにも出てくる洞庭紅は実在する。
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C.O.M.M.E.N.T

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