第十四話「宋金郎团圆破毡笠」。「警世通言」の二十二話目にあたる。
邦題は「宋金が破れ傘に団円する」


ものがたり
明の正徳年間、蘇州に住まう宋敦夫妻は役人を務めたこともある家柄で、先祖の土地を耕しのんびり暮らしていた。ただ一つの悩みは子供が出来ないこと。ある時、娘娘廟への参拝の帰り、病気の僧が寝ている宿を通りかかる。僧は三年余り金剛経を唱え続けて生活し、もうすぐ縁に導かれて円寂するところだという。宋敦は僧のために身をはたき棺桶を買ってやった。その功徳のためか、やがて妻は身ごもり子供が産まれる。息子は名を宋金といい、特に問題もなく育っていったが、彼が六歳の時に宋敦は病気で亡くなり、その後暮らし向きが悪くなって母親も死んでしまう。一人残された宋金は読み書きが出来るのを頼みに笵という新たに赴任してきた県令に雇われたが、周囲の奉公人ののねたみのために追い出されてしまう。困り果てていた矢先、父の友人である劉有才夫婦に拾われ、彼らの船商売を手伝うことに。劉夫妻には娘が一人おり、名を宜春といった。彼女は宋金が初めて船に来た時、小雨をしのげるよう縫った破れ傘を被せてやるのだった。宋金は夫婦のもとで懸命に働き、瞬く間に評判を知られるようになった。劉夫妻は彼が貧しくも旧家の子息で、しかも亡き友人の忘れ形見ときているから、宜春を嫁がせて夫婦にした。やがて子供が産まれたが、すぐに病気で亡くなってしまう。宋金はそれがきっかけで心を病み、半ば廃人となってしまった。一年余りしても一向によくならないので、劉夫妻は宋金を厄介者と思うようになる。ある時、わざと船を陸に乗り上げ、宋金を下ろして山から柴を持ってくるように命じ、その間に自分達は船を出してしまう。宜春はそれを目にして激昂し、劉夫妻を罵った。だが船を戻し、あちこちを詮索した時にはもう宋金の姿は無かった。宜春はその後喪に服し、生臭物も口にしなければ再婚もしようとしない。一方の宋金は劉夫妻に捨てられたのを嘆き一人困り果てていたが、そこへ老僧がやってきて、金剛般若経を渡し宋金を諭す。宋金は般若経を唱えるうちに心が開け、やがて山の中で山賊達の遺産を見つける。そこには金の山があった。彼はそれを持ち帰り、金陵で銭大尽と呼ばれる大金持ちに。捨てられてより三年、宋金は劉有才夫婦を訪ねる。宜春は、銭大尽が破れ傘をいじっているのを見て彼が宋金だと気がつき、再会を喜ぶ。夫妻は宋金に謝罪し、一家は南京に移り住むことに。宋金は老僧に救われて以来毎日金剛般若経を唱えていたが、妻もそれに倣い、その信仰によって家は代々栄えたのだった。


話自体はシンプルなのですが、細かな場面の描写が込み入っていてちょっと複雑な粗筋になってしまいました。ご容赦を。
さて、本作で注目したいのはやはり中国人の宗教観。
中国においてどんな宗教が最も受け入れられるのかといえば、やはり現世利益のある宗教に尽きる。その顕著な例が道教。不老不死やら錬金術といった類の代物は、全て現世における利益の追求しようとした結果生まれてきたのだ。
本作では金剛般若経が登場するわけだが、これは紛れもなく仏典である。仏教はそもそも現世利益を与える宗教ではないが、本編では般若経を唱えたことで病気が治るやら金を手に入れるやらいいことづくめ。中国の当時の民間人の宗教観をよく表しているエピソードだといえるのではないか。とどのつまり、現世で何らかの利益をもたらしてくれるのがありがたい宗教というわけだ。中国でキリスト教が受け入れられにくかったのも、つまりは来世での救済といった点に同調出来なかったためであると思われる。
本作の舞台は明代であり、仏教の概念自体も大分変化して中国風になっていると考えることも出来る。有名な古典小説「金瓶梅」の呉月娘という女性は信仰心の厚い人間だったが、彼女を訪ねてくる尼や僧の教えというのは大概が金目当てのデタラメだったり、中国における宗教の実態を描き出している。当時はろくでもない仏教徒もそれなりに存在したのだろう。
本作では、別に大きな視点から宗教を語っているわけではない。あくまで人々に「信仰心を持つこと」の大事さを訴えるのみに留めている。宋敦が持っていた衣服まで売って僧のために棺桶を買ってやる場面、宋金が仏を毎日拝む場面などが、それを端的に表している。信仰心を持てば利益が帰ってくる、というわけだ。

タイトルになっている破れ傘だが、これは夫婦の再開のきっかけとなる恋のアイテム代わりとして用いられている。作品によってはハンカチだったりかんざしだったりするわけだが、これもまた当時の説話小説のセオリーの一つである。
本作でも印象的なキャラは宋金の妻、宜春だろう。夫への情愛は人一倍強く、彼のために一生喪に服す決意を固めるほど。彼女は船商人の娘で、教養には乏しく身分も高いわけではない。また女性ということは、少なくとも男より一段低い身分として扱われる。そんな彼女が人としての貞節を大事にしているところに、読者は心を打たれるのだ。第五話の杜十娘と同様のパターンだろう。




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