今回のお話は第十六話「李汧公穷邸遇侠客」。醒世恒言の三十巻目であり、邦題は「李汧公が穷邸で侠客に出会う」。本作はいわゆる侠客ものであり、そういうジャンルの小説までカバーしているあたり、今古奇観の懐の深さや作者の見識をうかがわせる。

ものがたり
唐の天宝年間、玄宗皇帝の治世は荒れ始めて各地で反乱がおきている。とりわけ安禄山による被害は大きく、天下の民は苦しんでいた。長安に住む房徳という貧しい男は、いつまでも仕官にありつけず、家ではけちな妻のせいで着るものにも苦労していた。知り合いを尋ねて金を借りにまわっていたある日、雨除けのため寺に入ると、そこには頭の欠けた鳥の絵がある。房徳はなんとなしにその鳥の頭を書き足した。すると隠れていた賊が現れて彼を仲間に引き入れようとする。何でも鳥の頭を書いてくれる人をかしらに仰ごうと待っていたのだ。半ば脅される形で仲間になった房徳は、彼らとともに強盗をするが捕まってしまう。
その時の知事だった李勉は慈しみ深い人物で、賊の中でただ一人浮いている房徳を見て何かあると思い、彼を逃がしてやる。房徳は感謝してその後笵陽に向かい、安禄山に仕えて身を落ち着ける。一方の李勉は房徳を逃がした咎で免職になり、故郷へと戻った。清廉な役人だった彼は私腹を肥やさなかったので家が貧しく、二年もすると
暮らしが行き届かなくなった。ある日、彼の前を通る役人の一行、馬に乗った人間はなんと房徳ではないか。
房徳も李勉に気がつくと、屋敷へ招いて彼を手厚くもてなす。房徳は家へ帰り、妻に李勉へ贈り物をしたいと語ったが、了見の狭いこの女は李勉を殺すように夫へ迫る。李勉は房徳がかつて賊だったことを知っているから、もしそのことを餌に弾劾でもされたら今の地位を失うことになると。妻の強気な物言いにのまれてしまった房徳は李勉を殺す決意を固める。とはいっても、もちろん自分でやる勇気はない。折しも、彼の治める県には風変りな義士がいるとのことだった。房徳はわざわざその男を尋ね、あれこれと嘘をでっちあげて李勉の殺害を頼む。義憤に駆られた義士はすぐさま飛び出していく。李勉は賢い主従のおかげで房徳の企みをいち早く見抜き、遠くの宿まで逃げていたところだった。しかし晩になってくだんの義士が姿を現す。義士は李勉達の会話を盗み聞き、自分が騙されていたと知るやとって引き返し、房徳夫妻を殺害する。
事件から難を逃れるため再び長安へ戻った李勉は、やがてもとの地位を取り戻す。その後義士と再会し、手厚いもてなしを受ける。豪邸に住まい、美女を仕えさせる並外れた義士の姿に、李勉は感嘆するのだった。

実はこの話、入話が無い。珍しい。
侠客ものではあるが、義士が登場するのは物語の終盤になってから。義士の造型はどちらかというと水滸伝に出てくる豪傑に近く、房徳夫妻を惨殺する時の台詞なんか悪役そのもの。相手の腹を引き裂いてはらわたを引きずり出すヒーローが、この頃の主流だったようだ。ちなみに唐代伝奇などではよくあることだが、こうした義士は異人とのかかわりを持っていることが多い。本作の義士も異国人の下僕を連れていたりする。そうでなければ、神仙の弟子であるという設定がよく用いられる。清代あたりになってくるとようやく侠客達も現実味を帯びた存在になってきて、武芸門派の門弟だとか有名な山賊だったりという出自が多くなる。
また現在の武侠小説でも使われている手法が本作にも登場している。例えば義士が房徳夫妻に用いた死体を溶かす薬とか。武侠小説ではこの類のアイテムがよく登場するが、明の時代から既にその原型はあったわけだ。
さて、本作の悪役である房徳夫妻だが、諸悪の根源はどちらかというと妻の貝氏ではなかろうか。彼女の言い分は無茶苦茶もいいところで、完全に自分の都合しか考えていない。端的には、貧しい李勉なんかに金を出したくないから殺してしまえというわけ。了見が狭すぎる。そんな彼女に従ってしまう房徳も駄目すぎる。とはいえ房徳の方は悪人というよりも、他人に強く出られると逆らえないその性格が問題なのであって、根は善人に思えないこともないのだが。賊に誘われた時は、自分自身のことを清廉潔白な人間だと明言してる。
本作のテーマは「恩返し」だろう。房徳と李勉、李勉と義士、キャラクター達の恩に対する行動がそれぞれの命運を分けている。
舞台が唐代の末期ということもあって、安禄山や楊国忠のような実在の人物がちらほらと顔を出す。作者は楊国忠を悪党扱いしているが、安禄山の方はそうでもない。これが当時の認識なのだろう。現代だと安禄山は悪党としての印象が強いのではないか。また冒頭に出てくる賊の言い分も面白い。悪人が支配する世の中では、自分達が悪いことをするのも仕方ない、というわけ。この主張は中国人という民族らしさが滲み出ているように思う。
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