先日、超文学フリマが無事終了しました。
立て続けに文学フリマのイベントがあったので、忙しかったの何の。
終わってみれば、いつもとそれほど変わらない売れ行きでした。まあ普通の文学フリマほどは売れなかったかな。

今回のパンフレットにはとても興味深い記述がありました。文学フリマも開催を重ねることはや十数回、もともとローカルで広い意味の文学を提供する場だったこのイベントが、参加者の固定化などにより段々と閉塞感を感じるものになっていった……今回のニコニコ超会議への参加はそうした状況を打開するためのものだったそうです。

確かに私も同様の印象は感じていました。学生時代から参加しているこのイベントですが、あれから三年、出店者の皆様のレベルはどんどん上がっており、新規参加者が入りづらい状況になっていると思います。特に本の中身ではなく、装丁やブースのデザインなど、見た目の力の入れようが凄い。買いに来るだけの方々にしてみれば「レベルたけー」の一言で済むのですが、出店する側にとっては敷居が高いことこのうえないです。年々、新たに参加しては続かずに去って行ってしまうサークルも少なくないんじゃないでしょうか。もちろん、気持ちの軽い参入者が増えると全体の質の低下に繋がる、という意見もあるでしょう。それはそれで危惧するべきことです。
いずれにせよ、参加者の一人一人が文学フリマというイベントについて問い直してみることが必要なのかもしれません。

超会議参加者の多くは、文学フリマよりも他のブースを目当てにしていた方が多かったようです。毎回文フリに出ていると感覚が麻痺してしまいがちですが、やっぱり本という媒体は娯楽としての地位が厳しくなっているようです。読むというのは時間が要るし、けっこう疲れる。それが今どきの認識だと思います。
だからこそ、私も学ばせて貰ったことは多いです。大学名義で文フリに参加していた私が個人出店を決意した理由は、中国文学をもっと大勢の人に知って欲しいという想いがあったためでした。しかしそれがいつの間にか、文フリの客層ばかりに絞った作品を書いていたのではないか……。意識しているいないは別として、自分で読者層の幅を狭めていた気がします。
いろんなことを考えさせて貰った超文学フリマ、参加できて良かったと思います。

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